アメリカ、ニューメキシコ  新天地にかけた人々と西部の犬文化 その1

文と写真:藤田りか子

都市の生活から逃れて自分らしい人生を切り開きたい。そして家族とともに、愛する犬とともに、夢に描く思い通りの家に住んでみたい。現代版アメリカン・ドリームの実現地として、西部の荒野が開拓の歴史以来、再び注目をうけている。西へ、西へのフロンティア精神は、まだまだアメリカ人の心に深く残っているようだ。

荒野の新天地に建てた手作りアドビハウス

アメリカは西に西にむかって開拓が進められた国だけれども、その精神は数百年たった今も健在だ。荒野西部の地が今、あらたにニュー・ジェネレーションともいえる自由な気風をもった都会人たちに見出されている。ただし、昔のフロンティア精神と違うのは一攫千金を求めて、というのではなく、より自然と近くより動物たちと近く、ユートピアの地を探し出すことが彼らの究極の目的だ。

ヴィクトリアさんも、他の多くの若いニューメキシコ住人と同様、都市からやってきた新天地開拓人だ。それは20年前。ヴィクトリアさんと夫のマイケル・ハンソンさんは長年温暖なアメリカ北西部オレゴン州のコーヴァリスの住宅地に住んでいたのだが、たまたま西部で売りに出されていた土地の一区画を見せてもらったことがきっかけとなる。

広さは5ha。標高は1500m。砂漠といっても、アメリカ南西部、ニューメキシコの景観は起伏に富み、乾燥地帯に適応した植生が茂るな自然豊かな土地である。そこはワイルドウエスト、アウトロー、ガンマンで有名なビリー・ザ・キッドがかつて活躍していたあたり。二人が見たのは、西部独特の砂色の景色。茶色の山が連なりブッシュが広がる。丘陵がある。日当たりのよい斜面の上に家を建てるのにちょうどいい平地もある。そして土地を横切って河が流れている。河のまわりにシカモアの林が広がる。


ニューメキシコの砂漠山地の丘陵に家を建てた。

「楽園とはこのことだ、と思いました」

とヴィクトリアさん。

「この土地にすっかり惚れ込んだのです」

と夫妻は当時を思い返す。二人は即移住を決断した。

5年の歳月をかけて、全て手作りの黄色い家を西部荒野の斜面のてっぺんに築きあげた。マイケルさんの仕事は、化学薬品のマーケッティング。1年の3分の1を出張についやすので、マイホーム建築も時にはままならないこともあった。が、人を雇いながらもみんなでこのアドビハウスを作り上げた。プールもできた。ちなみにアドビハウスというのは、砂、粘土や藁でなる日干し煉瓦ににたレンガでなる家で、アメリカ南西部やメキシコでは一般的だ。

アメリカ西部の動物文化に物申す!

大の動物好きのヴィクトリアさんは、オレゴン州にいるときから捨てられている犬や猫をみると、放っておけず水やえさを与えてきた。SPCA(動物虐待防止協会)でもたまにボランティア活動をおこなってきた。その精神はニューメキシコに移っても変わらなかった。

のみならず、彼女は西部やってきて、犬など動物に対する人々の態度に少々違和感を覚えたという。ヴィクトリアさんは近所のグレンウッド牧場を通りすぎるたびに、必ず車を一度止め、柵の内にいる犬たちに予め用意していたビスケットを与える。

3匹の黒ラブたちは、すでにフェンスのところにやってきていた。ヴィクトリアさんが運転するパジェロのけたたましい音は、3匹の黒ラブにとって「幸せのひと時」を意味する。


「バークリー、レーシー、フォーイ!おいで、おいで!」すでにフェンスで待っていた3頭の犬たち。

「ニューメキシコは、主ナシの犬があちらこちらにいてね。国道なんかをほっつき歩いていることもあるのよ」

グレンウッド牧場は、ヴィクトリアさんのお願いで、主無しのこれら3匹の犬を引き取ってくれた。だが、犬たちは、あまり面倒を見てもらってないらしく、フェンスで囲まれた庭に放し飼いされているだけ。都会で育ったヴィクトリアさんにとっては、ニューメキシコのカーボーイ地域特有の犬への態度が解せないでいた。

もちろん、彼女の行動に地元のカーボーイ達もあまり好ましくない反応を見せた。西部には「動物は道具」という昔ながらの価値観がまだ大いに存在している。

「なんで、うちの犬に干渉するんだ、と銃で脅されたこともあります」

ナヌーという、キャトルドッグにも似た雑種犬は、牧草地のフェンス内に住んでいる。カーボーイである主は、そこからさらに80kmはなれたところに住んでおり、必ずしも牧草地を定期的に訪れているわけではない。犬は年中牧草地に放ったらかされたまま。

「雨が降っても屋根がない、水も毎回与えられているのかどうか。それに、ナヌーは一人ぼっちでこのフェンス内に生きている。犬は社会的動物。何もコンタクトなしに1匹で生きさせるのは、残酷すぎるわよ」

ヴィクトリアさんはナヌーのところに毎日通い、ジャーキーを与えるのはもちろん、柵越しとはいえ彼としばらく時間を過ごすようにした。

「こうやってお腹を見せてくれるまでになるのに、3ヶ月要しました。初めての時は吠えまくっていた。いったい、どういう風に人間から扱われていたのかしら。あまり想像もしたくないけど…」

しかし、彼女のナヌーへの親切な行為は、そのオーナーの癇にさわった。いつまでも犬に干渉をし続けるのなら、裁判を起こすとまで言われた。

ヴィクトリアさんは反論した。

「カウンティ(郡)の、動物愛護に関する法をなんとか、かえなきゃいけないですね。果たして犬をこんなふうに扱ってもいいのかどうか。彼こそ裁判にかけられるべき。腹立たしいものです」

西部に住む人々と、新天地を求めてやってきた人との間で、動物観に関する見解は今もって対立したままである。都会人と田舎人のカルチャーショックなのかもしれない。

つづく