Grrrrrr!唸り声で犬のサイズを当てる

文と写真:藤田りか子

君は僕よりうんと小さいし、唸り声もたいしたことなさそうだけど、僕は撤退するよ」とコーギー(左)の唸りに対して、焦げ茶色の犬(右)の対応。

犬は、相手のウ~という唸り声を聞いただけで、そいつが「スーパーサイズのマッチョ犬」か、単なる「ちびっこ犬」か、そのサイズを言い当てることができるそうだ。ハンガリーとオーストリアの比較認知及び比較行動学研究室から(Faragó. T. ら2010)のレポートだ。

声を科学的に分析すると、その音声のフォルマント周波数の形や変化の仕方が、各々の声を特徴づけるものになるのだそうだ。これは同時に性差そして体のサイズにもよる。フォルマントとは周波数分析によって得られるエネルギーがピークをなす部分のこと。フォルマント周波数の軌跡と体型の関係については、人間の声に認められていた事実であったが、最近では人間以外の動物の音声にも当てはまることが確認されている。これら声の特徴を犬が感じ取って、さらにその情報を「サイズ」というイメージとして投射しているのだろう、というのがこのたびの新発見。

唸り声を聞いて、相手のサイズの予想がつくのなら、喧嘩に勝つか否かのおおよその見込みもつく。余計な争いも避けられるというものだ。ここで「見ればわかりそうじゃないか、なぜ唸り声で?」と思われるかもしれないが、動物の世界では自分の大きさをごまかし、はったりをかけるために、ウソを装うことが多い。たとえば鳥は羽や飾り羽を広げる、犬や猫だって毛を逆立て、実際より大きく見せようとする(まぁ、人間の世界でもそうなのだけど。ハイヒールとかね)。その点、声をごまかすことはできない。逆に人間も、犬の唸り声でその大きさをだいたい把握できることが報告されている。

しかしこの研究の意義のあるところは、犬の、さらなる認知力を確認したという点だろう。実験では、唸り声を出す犬を見せる際に、実際の犬ではなく、プロジェクターに投影された映像を使った(写真下参照)。そこでは犬に異なる二つの写真画像を同時に見せる。ひとつは原寸大の犬、もうひとつはその縮小版か拡大版である。そこにその写真の主である犬の唸り声を録音したものを流す。果たして犬はどちらの画像に、より気を留めて長くみつめるものか。

実験の様子。唸り声が流され、犬がどちらのサイズの犬の画像をみるか(右上の2匹並んだ犬の画像)の実験。犬は実際の大きさの画像をみつめた。

結果は、犬はちゃんとサイズがマッチした犬の方を見た。ここにて唸り声で、犬はサイズを推し量れることが科学的に証明されたというわけだ。音によって、メンタル世界の中でそれを画像に変換、さらに現実世界で視覚を通してマッチする映像を見分ける能力があったのだ。人間にとってはなんてことない認知力だが、犬というのは、ひたすら「人間くさい」感覚の持ち主であると、納得である。

対照実験として、見せた映像には犬の他に猫、三角形の図もあった。大きさの違う二つの猫をみせながら、犬の吠え声を聞かせる。どちらをより長く見つめるということはなかった。三角形の図においても同様の実験で、同様の結果。また大きさの違う犬の画像を見せながら、唸り声ではない機械的な雑音も聞かせた。この場合も、どちらかの犬をより長く見つめるという偏りは見出されず。つまり犬は唸り声を確実に「犬の画像」と結び付けているようである。実際の実験の様子はこちら

もっとも犬は鼻のよく利く動物だから、視覚にどこまで頼っているのだろうと以前は懐疑的であったが、ビジュアルの世界も等しく大事な感覚であるようだ。このような視覚認知の発見は、霊長類で多く見出されている。もっとも、犬の映像能力は、最近、顔の認知における研究がかなり進んでいる。京都大学霊長類研究所の足立幾磨らによると、犬は飼い主の顔の映像と声を確実に結び付けられる能力があるそうだ(2007年)。 もっとも、これは飼い主にとって、人類が犬との共存生活を始めた15,000年来の自明の理だ。が、こうして科学的に証明してもらえれば、いよいよ「擬人化」と批難を受ける心配なしに

「うちの子は、私がバスからおりていくと、すぐに私だとわかって一目散に駆け寄ってくるんです」

などと正々堂々「親ばかぶり」(?)を発揮できるというもの。

犬という動物は、何かとすぐに人間の顔を仰ぐのだ。

顔を見分けるという映像認知能力は、別種であるにもかかわらず、我々人間の顔の部分に犬の感覚がとても関心があるということを示唆しているだろう。それに比べてオオカミならオオカミ同士の顔つきや表情に興味はあるだろうけど、人間の顔などほとんど見ようともしない。人間という社会に住む動物として、そしてそこで協調関係を結び、その結果人々にありがたがってもらい、かわいがってもらうには、人間の顔に関心を持ち、その動向をうかがえる、というのは是非とも必要な能力だ。

さてさて果たして音と映像を結びつける能力は、霊長類や犬を除いた他の動物にも存在しているのだろうか、というのが次の疑問だ。そしてこの犬の能力が、上述したような顔を見分ける映像能力と結びつくところはあるのか。私の推測では、おそらく多くの動物が犬のような音と映像を結びつける能力を備えている、ということ。ただし映像と音を結びつける他の動物と犬の違いは、やはり犬の人間の顔への関心度ではないかと思うのだ。

(本記事はdog actuallyにて2010年12月22日に初出したものを一部修正して公開しています)

【参考文献】

Dogs' Expectation about Signalers' Body Size by Virtue of Their Growls
Several studies suggest that dogs, as well as primates, utilize a mental representation of the signaler after hearing its vocalization and can match this repres…【続きを読む】
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