文:北條美紀

飼い主は時として愛犬を自分の理想像に当てはめようと無理をすることもあるが….[Photo by jugglingpics]
先日、とても興味深い話を聞いた。子どものウェルビーイングを高めるための教育に関する研修会に参加したときのことだ。講師としてお話してくださったのはストレングス協会代表理事の松隈信一郎氏。ひきこもりや不登校に、「強み」を使ってアプローチするプロだ。彼の話を聞きながら、「これは、犬の問題行動を考える上でも役に立ちそうだぞ!」と思った。
今の社会では、当の本人が困っているかどうかは別として、ひきこもりや不登校は改善すべき問題行動の一つとして捉えられることが多い。周囲の人間は、何が原因か、何が足りないのかを見つけようとし、それがわかれば問題は解決すると考える。そもそも、人間には原因を探す癖がある。問題行動の原因を病気の中に探せば、発達障害やうつ病、不安障害などの診断が下されることもあるだろう。実際、これらの病気に医学的にアプローチすることで精神的苦痛が改善されることもある。
ただ、精神的苦痛が緩和されれば、ひきこもりや不登校が解消し、毎日が楽しくて充実した日々になるのだろうか?果たして、精神的苦痛の解消は、幸せと同じことを意味するのだろうか?
松隈氏によると、「学業に問題なし、友人関係もOK。だけど学校には行く気がしないし、行こうとすると体調が悪くなる」ケースや、「特に何の理由もないが外に出る意欲がまったく湧かないし、体が動かない」ケースが数多く見られるそうだ。私自身も、臨床心理士として同じようなケースに遭遇することが多々ある。このような場合、原因を追及するスタンスでは手のつけようがなくなってしまう。
これまでの臨床心理学的モデルは、精神的苦痛(メンタル不調、精神疾患など)を取り除けば、精神的健康になるという一元的な考え方を採用してきた。でも、ポジティブ心理学的なモデルでは、精神的苦痛を取り除くことと、精神的健康(持続的幸福、Wellbeing)を手に入れることは別次元だと考える。

引用:ポジティブサイコロジーからの視点 強みの見つけ方 松隈信一郎(2021.10.23)
「庭」を例にとると、庭の雑草を取り除いて整地することと(問題とされるものの除去)、庭に草木を植え花を咲かせることはまったく別だ。先の引きこもりや不登校のケースも、この考え方を用いると非常にわかりやすくなる。「学業にも友人関係にも問題はない」というのは、雑草のない更地の庭だ。でも、そこには彼らをワクワクさせる草木や花はない。庭に池を作って鯉を泳がせてもいいし、不思議なモニュメントを置いたっていいのだが、原因を探して問題を除去することにこだわっていても、それらを手に入れることはできない。
もし、庭にワクワクするものがあれば、多少の雑草なんて気にならないかもしれない。好きなものに夢中になっていれば、雑草すらかわいく見えるかもしれない。2021年に発表された松隈氏の論文(Matuguma,2021)によると、被験者となった高校生たちのK-6(精神的苦痛を測定する尺度。神経過敏、絶望感、落ち着きのなさ、落ち込み、億劫、無価値観を測定)の数値は高水準であったにもかかわらず、自分の「強み」を活用できているという感覚が高ければ高いほど、ウェルビーイングも高くなるという相関関係が確認された。つまり、結構な量の雑草が生えていても、自分の強みを十分に活かすことができれば、日々のウェルビーイングは高まるということだ。

引用:ポジティブサイコロジーからの視点 強みの見つけ方 松隈信一郎(2021.10.23)
つまり、大切なのは、問題行動の原因や欠点(雑草とされるもの)を探し出し克服することに全精力を注ぎこんでしまうのではなく、その人の強みは何か、強みを発揮するのに適した活動は何かを見つけることだ。そのほうがずっと建設的で楽しく取り組めるのではないだろうか?
前置きがすっかり長くなってしまったが、この発想の転換は、犬の問題行動に悩む方々にもきっとお役に立つのではないかと感じた。あるいは、目だった問題行動はないが、しつけにしろトレーニングにしろ、やる気を見せない犬たちについても、役立つかもしれない。
ちなみに、人が自分の強みに関する活動について話しているときには、次のようなサインが観察されるらしい(Biswas-Diener R,2010)。
- エネルギー(活力)が高まる
- 声に抑揚がある
- 口調が早くなる
- 目が大きくなる
- 喋りが流ちょうになる
- 眉毛が上がる
- 笑顔や笑いが増える
- ジェスチャーが多くなる
- 比喩をよく使う
これらのサインは、自らを語ることのない犬にはどのようなサインとして表われるだろうか?うまくいっていないサインを探すのではなく、彼らが好きなことに夢中になっている(フロー状態)サインを探してほしい。そして、「何が原因か、何が足りないか」ではなく、「何を望んでいるか、既に持っているものは何か」を問うてほしい。犬だけのことではなく、犬と共に暮らしている皆さん自身ついても同じだ。
次々に生えてくる雑草を一心不乱に取り除くのをやめて、犬と一緒にどんな庭で何をして遊びたいかを想像してみよう。何をしているときが楽しかったか、笑顔になったかを思い出してみよう。どこが面白くて、何に笑ってしまったのか、これまでの体験のなかにもヒントはたくさんあるはずだから!
文:北條美紀
臨床心理士・公認心理師。北條みき心理相談室運営。一万時間以上のカウンセリングを重ねた今でも、人の心は未だ分からず、知りたいことだらけ。尽きない興味で、日々のカウンセリングに臨んでいる。犬と人との関係を考えるために、犬に関わる人間の心理学的理解が一助にならないかと鋭意思案中。
北條みき心理相談室:www.hojomiki-counseling0601.jp
【参考・引用】
・不登校支援におけるポジティブ心理学の活用 松隈信一郎(2022.3.27)
・Flourish despite distress: Association between strengths use and psychological well-being among adolescents in a Japanese correspondence high school(Matsuguma S, et al.,Journal of Child and Adolescent Behavior, 2021)
・ポジティブサイコロジーからの視点 強みの見つけ方 松隈信一郎(2021.10.23)
・Practicing Positive Psychology Coaching(Robert Biswas-Diener,2010)
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