有事の際に犬と猫をどうするか、スウェーデンから

文:藤田りか子

ウクライナ東部の地下鉄駅の構内に避難する人々。ペットを連れて避難するウクライナ人の様子は世界中のメディアによって報道された。[Photo by manhhai]

ウクライナとロシアの戦争が長引いている。中立を保っていたスウェーデンとその隣国のフィンランドも、いよいよロシアの脅威を感じNATOへの加盟申請を行なった。これまで多くのスウェーデン人は中立という立場を誇りにしていたが、今回ばかりはさすがに青ざめた。「攻めてこられたら…!?」という戦争への恐怖をスウェーデンに住む私も生まれて初めて感じた瞬間であった。

そして、緊急事態においてペットはどうなるのであろうか?果たしていっしょに避難できるの?そんなことをスウェーデンでは多くの飼い主が考え始めた。SNSでもペットをどうすべきなのか、というディスカッションを最近よく目にするようになった。

その点、地震や洪水など自然災害が多い日本に住む人の方が「避難」という事態をもっと身近なものとして捉えているのではないだろうか。日本のサイトを見るとペットとの同行対策や防災対策についてあちこちで記されている。なんと防災用のペットキャリーなんて商品まで売られていた。スウェーデンの自然災害なんて日本に比べたらたかが知れている。せいぜい大嵐か大雪ぐらい。日本ではとうの昔から行われている「避難」をめぐる話し合いは「戦争」の現実味が帯びる今の今にいたるまで、滅多に行われなかった。

とはいえこれまでスウェーデンに危機感が全くなかった、というわけではない。緊急の事態を経験した人はそれほど多くない、と言った方が正しいかもしれない。スウェーデンにはなんといっても行政機関として民間緊急事態庁がある。この機関では災害や危機への備えを行うよう常に呼びかけを行なっている。それから有事の際は、という点で、少なくとも冷戦時代までは集合住宅には必ず防空壕が建設されていた。ただし東西の壁が崩壊してから「緊急の際は」という感情がいつの間にか市民から消えてしまったのだ。

だからこそ今ごろになって突然犬猫の飼い主たちが

「防空壕に犬、猫を同伴してもいいのか?」

というような議論を交わすようになった。スウェーデンに住んでそろそろ30年近くなるのだが、そんなディスカッションを正直今まで聞いたことがなかったし、あの防空壕に犬猫を連れて行ってもいいのかいけないのか、の関心や知識すらなかった。

30年前に初めてスウェーデンにきたとき、集合住宅に備えられた防空壕の存在を知ってびっくりしたのを覚えている。こんなものがこんな身近にあるんだ!という驚きだ。60、70年代に建設された集合住宅は今でもスウェーデンのあちこちにあり、現在全国で64000室の防空壕あるといわれている。これで7百万人は収容できるという算定だ。たいていアパートのベースメントに作られていて、「Skyddsrum(防空壕)」というサインが出ている。重い鉄の壁とドアで仕切られており、中は広々とした部屋になっている。ここには独立した換気システムが備えられ、毒ガスや放射能を含んだ塵を遮断することもできる。部屋のタイプによっては核兵器からの攻撃からも守られるということだ。90年代以前では何日分かの食糧や生活必需品などが蓄えられていたようだが、その後は自転車置き場とか物置小屋と化していることもしばしば。

アパートの壁に「Skyddsrum (防空壕)」のサインが。オレンジの正方形に水色の三角マークが防空壕のシンボルである。このサインはスウェーデンの集合住宅地であちこちでみることができる。[ Photo by Niklas Morberg]

防空壕のドア [Photo by Kristianstads kommun]

防空壕の使い方など緊急時の規則を決定しているのが、前出の民間緊急事態庁である。そしてなんと防空壕へのペットの同伴は許されていない、という決まりごとがあるのを多くの人が最近知ることとなった。これについてさっそくスウェーデンケネルクラブが抗議をし、3月にはプレスリリースを出した。さすが。スウェーデンのケネルクラブは犬の飼い主のための中央政府、と私はいつも思っていたが、こんなときにもさっそくアクションを起こす。

民間緊急事態庁の言い分は、飼っている動物の同伴が禁じられているのは動物アレルギーを持っている人がいるかもしれない、という配慮から。しかし、ウクライナの人々が猫や犬を腕にだきかかえ国を脱出する様子を、メディアを通してではあるが、我々は胸を痛めながら目にしていたはずだ。今や時代は変わった。人々はペットを家族の一員と見なすようになっている。医療にも十分お金をかけるし、感情的には50年前よりも人々はもっとペットと繋がっている。だからだれもアパートの一室に犬・猫をおいたまま防空壕に逃げたくないのだ。民間緊急事態庁の考え方は冷戦がはじまった頃のペット事情じゃないの?とあるスウェーデン人が語っていた。

民間緊急事態庁によると防空壕での避難は数日を想定しており、それ以上の日数を過ごすところではないとのこと。だからそれぐらいの期間であれば、部屋に十分な水とフードをおいていれば、動物たちはなんとか生き延びることができる、と述べている。

しかし犬好きがその言葉で納得するはずはなかった。スウェーデンケネルクラブは民間緊急事態庁と対話を求め、ケネルクラブが持つ犬と人の関わり方のノウハウをシェアするなどして、犬(および猫)の飼い主が犬を連れて避難できる道を庁とともに模索していきたい、とプレスリリースで伝えた。

防空壕への犬連れ避難が許可されない当分の間、では我々犬飼い主はいざという時に備えてどうすればいいのか?スウェーデンケネルクラブの提案としては、まず田舎に親戚か知り合いがいれば緊急の際には犬を預かってくれるよう頼んでおくこと、あるいは田舎にコテージがある人はそこにいっしょに避難するべし、といったことを述べている。そう、ペット同伴の避難をするのであれば、田舎への疎開しか方法がなさそうだ。

そう考えると最初から田舎暮らしをしている私はここにい続ければいいだけなのかもしれない。周囲500 m内に近所がない過疎な場所に住んでいるからだ。いざとなれば自給自足のサバイバルも可能だろう。とはいえ、そんな日が来ませんよう…、早く戦争が終結しますよう…。

田舎の我が家