ご長寿犬との暮らしのヒント:あそび編

文と写真:尾形聡子


朝の散歩後の楽しみ。水風呂は日課。

前回、ご長寿犬に起こりがちな「食べない問題」について、タロウとハナとの暮らしから私なりに得たヒントを皆さんにご紹介した。今回は、「あそび」という視点からのお話をしたいと思う。

遊ぶ意欲・体力の急減

歳をとってくればもれなく身体能力が低下してくる。これまで普通にできていたことができなくなり、体力そのものも落ちる。そのカーブは緩やかなものもあれば、急激に訪れるものもある。歳を重ねていく犬たちの様子を見てきて「やりたい欲求」にはランクがあることを知った。もちろん、犬によって低下のカーブのあらわれかたは違ってくるだろうし、何が好きなことかによっても違うだろう。残ってくるのは体に負担のかからない、かつ、本能的に好きな行動になってくるように思う。

ハナは何をするにも意欲的な犬だったが、中でも小さいころからボール投げがウルトラ大好きな犬だった。しかし、タロウが先立ち16歳を迎えて夏を越してからというもの、とんとボール投げに興味を持たなくなってしまった。走って取りに行くのがどうも面倒なようだし、前回書いたが、家の中でおもちゃをくわえることもなくなった。体力の低下に伴いレトリーブ本能が衰退したのだろう。

若い時分には力の限り遠くにボールを投げれば、何度でも嬉々として取りに行っていたものだが、今では10メートルはおろか、1メートルでおなかいっぱいという感じだ。しかも1,2回で十分。ボール投げに対する意欲は、もれなく「走る」という行動とセットで急減した。緩やかに低下していった「階段の登り降り」や「ジャンプ」のような動きと比べると、ボール投げ&走る行動の激減が、ハナの「超高齢期」に完全に突入した証のひとつだと感じている。

部屋の中に隠したおもちゃを探す遊びも大好きだった。でも、少しでも早く探し出したい欲求の強いハナにとっていつしかそれはシンドイ遊びとなってしまったようだ。もはや足の踏ん張りがきかなくなってしまったハナには、狭い部屋の中で体の向きをこまめに変えながら何かを探すという行動自体が辛い。けれど、早く探し出したい欲は残っている。この狭間でギリギリ楽しめていたところから、自らの体が追いついていかないことで諦めたのか、おもちゃ探しに対するモチベーションが突如低下した。これは犬の体の老化がどれだけ進んでいるかに依存してくると思うし、性格もあると思う。

頸椎ヘルニアを2回経験したからなのだろうか、ハナは意外と体の痛みや不調に慎重に対応するタイプのようだ。先日撮影したレントゲン写真を見て、背骨が相当ガタついていることが判明した。後ろ足の引きずりもそのためだと思われるし、最近では「おすわり」をしなくなった。座ると前足が開いていってしまうためだろう。寝そべる時にはかなりゆっくりと体を横たえる。飼い主としてはこの慎重な振る舞いは安心して見ていられるものでもあるが、立つか寝そべるかの二択の生活の中では、おもちゃ探しは確かに身体的に辛い遊びだ。もっと早くに気づくべきだった。

こんな感じで超高齢期に入ったハナの遊び意欲を掻き立てるのは至難の業となりつつある。が、ひとつだけ、今でもモチベーションが上がりやすい遊びがある。「ハンドターゲット」と呼ばれている、手のひらを差し出したらそこに鼻をタッチするというものだ。タロハナが8歳を過ぎたころ、たまたま教えたものだった。体力的にできないことばかりの今となっては、それが立派な遊びになっていると実感している。

ハンドターゲットの威力

先日の藤田りか子さんの記事「スポーツドッグにするための集中力を鍛える!」でも紹介されていた「ハンドターゲット」。教え方は以下リンク先より記事と動画をご覧いただければバッチリ!

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そもそもタロウとハナにハンドターゲットを教えたのは「おちつこうよ ポチ!」という本の翻訳に関わったから。その本の中にハンドターゲットのことが書かれていたので試しに教えてみた、という非常に単純な理由だ。

ハンドターゲットのいいところは、手のひらを向けて「タッチ」といえば、犬がパッとそこに集中してくれるようになること。「タッチ」という言葉すらすぐにいらなくなる。ハナの場合は、かなりの遠距離でもこちらに意識を向けた瞬間にはっきりと手のひらを見せる姿勢をとりさえすれば、手のひらに向かってすっ飛んできてくるようにまでなった。純粋な呼び戻しよりも、こちらの方がよほど成功率が高かった(お恥ずかしながら)。

今はこれを散歩中にやっている。手のひらの見せ方や出し方を工夫して、ハナの意識に刺激を送っている。こちらが体の向きを変えたり手を出すスピードを変えたりして動いてみれば、ハナもついそれにつられてしまう。手のひらを出されても別に急いで行かなくてもいいんだ、ということを悟ったハナは、ペースを変えずにノロノロと手のひらに近づいてくることもあるが、歩みが確実に速くなりモチベーションが上がっているのが手にとるようにわかることも多く、そんな姿を見るにつけ毎度喜びを感じている。

間違いなくハンドターゲットは超高齢犬のハナの散歩時間に彩りを添えてくれている。歩けさえすればできる「あそび」なのだ。

嬉しくても、決して無理させないで

SWDであるハナにとって水場は最上級に心が躍るスポット。日常的に走ることも無くなったくらいだから泳ごうとはしないけれど、水に関心がなくなったわけではない。むしろ、どうやったって水に惹かれてしまうのはこの犬種の性だろう。

タロウも、なくなる前年の夏はベランダに置いた子ども用のプールに浸かってゆったりしていたものだった。今年も同じプールを出そうと思ったのだが、ハナがひとりになったことやベランダの水捌けの悪さなども考え、小さいサイズのものを探した。そこで選んだのが、セメントを混ぜるときに使う「フネ」。中で体は伸ばせないけれど、浸かるのに最小限必要な大きさはある。滑って大きく転んでしまわないのもいいし、プールに比べて高さが低めなのも足腰が弱った老犬には入りやすい。

これを今年初めて使ったときのハナの喜びぶりが今でも目に浮かぶ。初めて見るフネに水が注ぎ込まれるやいなや「ここに入っていいんですね!」状態に。水に入って興奮が呼び覚まされたのか、その後、部屋に入ってから久しぶりにウキウキとはしゃいで遊んだ。私もその様子が嬉しくて一緒に遊んだのだが…その夜、あまり足に力が入らず、立ち上がるのがやっとの状態になってしまった。

今年初の「水場」にハナは感極まってはしゃいでしまったのだろう。そんなハナを見て私も嬉しくなりすぎて、ついつい遊びすぎたのがよくなかった。まだ動けるとはいえ、興奮の最中にあるときの動きはやはりご長寿犬には激しすぎたようだ。だからどうか、その辺の匙加減は飼い主である皆さんが見極めて、その後の体調に影響が出ない範囲で止めて、穏やかな別の行動へと移行させるのがいいのではないかと思う。

床のおやつ食べあそびが、ご飯タイムにも大活躍

一年ほど前に、床に転がっているオヤツを食べる練習を始めた(「老犬に真新しい楽しみをつくる」参照)。それまで、床に落ちているものを食べることはNGとしてきたが、食べ物を奪い合う相手もいなくなり、ハナに新しいことを覚えてもらおうと思ったためだ。

老犬に真新しい楽しみをつくる
文と写真と動画:尾形聡子 タロウが亡くなり4ヶ月がすぎた。 お別れした直後から少し経った後のハナの様子についてはこちらのブログに書いたとおりだが、…【続きを読む】

その当初やろうと思っていたこととは方向が変わってしまったのだが、これが今、思わぬところで功を奏している。ご飯タイムだ。前回、食べ物の選り好みが激しくなっていることを書いたが、ハナとしては一つの入れ物にあれこれ入っている状態よりも、バラバラになって置かれている方が、選別して食べやすいというメリットがあると感じているようなのだ。

食いつきが悪いときには、フードボールに入れた食べ物を部屋の特定の数カ所にバラバラに置くようにすると食べることが増えた。今ではほぼフードボールから食べなくなったので、ボール以外の場所に置かれたものを一つ一ついちいち確かめながら、好きなものだけ選んで食べている(決して違う食べ物を混ぜて置かない)。これを純粋に「あそび」と呼んでいいのかわからないけれど、「においを嗅いで選んで食べる」という行為はある意味とてもいい刺激にもなるはず。そこには自発的な行動が必要とされるからだ。少しでもたくさん食べてほしいと願う飼い主としては、今は何が好みで、何が嫌なのか、全体的な食欲状況もより正確に把握できるようになった。

前回も書いたが、食べ物のみならず遊びに関しても持ち駒が多い方がいい。思わぬところで意外なことが超高齢期の犬の生活の質を維持するのに役に立つ可能性がある。犬によっても、それまでの暮らし方によっても、何が「それ」になるかは異なるだろう。だが、ご長寿犬の暮らしの質をよりよいものにできるかどうかを決める要因のひとつに、それまで愛犬と一緒につくってきた「あそび」の引き出しの多さが関係してくると感じている。難しいことでなく、体力がなくてもできる簡単なことでいい。元気な時に一番好きだったことでなくてもいい。だからどうか、意識的に引き出しを増やし、愛犬の健やかな老後に備えて蓄えていっていただければと思う。

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