文と写真:尾形聡子
オスワリは脚力の弱った老犬には厳しくなることをはじめて知った。
今年4月に17歳を迎えたハナ。スパニッシュ・ウォーター・ドッグという犬種の平均寿命は12〜14歳とされているから、かなりのご長寿犬と言っていいだろう。もちろん寿命は犬種や個体により異なる。が、ハナと3ヶ月の年齢差で16歳まで犬生をまっとうしたタロウも含め、改めて同犬種の2頭の高齢期への移行がどうだったかを振り返って考えてみた。
彼らの持っていた本能的行動(教えなくてもやってしまう好きなこと)の面から見ると、それは3段階になっていたように思う。
①真冬でもかまわず喜んで入っていた水に、寒い時期には入らなくなった(部分的に高齢期突入:12〜13歳くらいから)
②積極的に水に浸かるが泳ごうとしなくなった(正真正銘の高齢期:13〜15歳くらいから)
③暑ければ水に浸かろうとするが、私が家に帰った時、物をくわえて出迎えてくれることがなくなった(超高齢期:15〜16歳くらいから)
このように、大好きなはずの行動を徐々に見せなくなっていったものだが、①や②の段階での変化は普通の老化現象として受け止めることができた。しかし③の超高齢期に入って突如現れた変化には戸惑いを覚えた。「食べ物」と「遊び」に対する反応だ。主にハナとの生活から感じてきたことをお伝えしたい。それぞれの犬は個性や好み、健康状態が異なるため、あくまでもご自身の愛犬が高齢になったときに「何を好きなままでいてくれるかな?」「何ができるかな?」などと考えるための参考にしていただければ幸いだ。
食べ物に対する反応が大きく変化
歳をとってくるとどうしても「食べムラ」が出始める。今まで大好きだったものですら突然食べなくなったりして、飼い主としてはどうしたものかと右往左往してしまう。あの手この手を使いながらどうにかして食べてくれるものを探す。食欲が体調により直接的に影響してくるのが手にとるようにわかってくるため、少しでも多く食べてほしいと願う。
そんなことを繰り返しているとき、「ああ、やるべきじゃなかった…」とちょっと後悔したことが二つある。一つは「今日は食べてくれるだろうか」と心配しすぎること。もう一つは、好きなフードに苦手なもの(薬やサプリ)を混ぜることだ。
食べるかどうか、心配しすぎていませんか?
飼い主の心配や挙動不審な様子はすぐに犬に伝わってしまうものだ。私の場合、いつしかそれが負のスパイラルに入ってしまい、余計にご飯を食べるのを警戒させてしまっていたのに気づいた。ハナにとってご飯タイムが楽しいものではなくなってしまったのだ。
ご長寿犬ともなれば、毎日の活動量はガクンと減る。動かなければ当然、以前のように毎回腹ペコになるわけでもないから、毎度のご飯をきれいに平らげなくなっても仕方がない。だからこそ、たまに訪れる楽しいご飯タイムとなる可能性を失ってしまわないよう、「今回は食べてくれるだろうか…」と心配しすぎるのはよくない。愛犬が口をつけようとしない姿を見れば飼い主はガッカリしてしまうものだが、自分が思っている以上にその「ガッカリ感」が犬に伝わってしまうためだ。ご飯を出したらちょっと放っておくくらいがいい。
すぐに食いつかない場合は、食べ始める呼び水となるような何か(大好きなおやつや肉のかけらなど)を与えると、それをきっかけに徐々に食べ始めることもある。さらに呼び水は大好きなおやつに限らないことも知った。家で友達と楽しく晩酌したりしていると、それまで見向きもしなかったご飯に急に興味を持ってパクつくことがたまにある。だから、そんな機会があるときには、友達がやってきた後にご飯タイムにするようにして、そこに犬の好物を混ぜておいてあげるとご飯に興味を持ってくれるかもしれない。犬もその場の雰囲気に飲まれるものなのだな、としみじみ感じるところでもある。
もちろん、まったく何も口にしないで何日も過ごすというのはどこか調子が悪い証拠だし、水を飲まなくなるのはもっと危険だから、そこには十分に注意を払わなくてはならない。ハナの場合、このところ周期的にお腹がゆるくなるようになっていて、お腹を壊す前の日またはそれよりもう少し前から徐々に食欲が落ちることもあれば、急に何も食べようとしなくなりがちなことがわかってきた。このように、必ずしも「今すぐに」何かしらの不調(下痢や嘔吐)が起きなくても、その前兆としてなんとなく食欲が落ちてしまうこともある。
好きな食べものに警戒心を持たせないように
そしてもうひとつ。大失敗したと感じている「好きなフードに苦手なもの(薬やサプリ)を混ぜる」について。
これまでは、ドライフードにそのまま薬やサプリをいれておけば難なく一緒に食べてくれたのが、そのうち見事に薬の類だけを残すようになった(器用なものだと変なところで感心してしまうけれど、嗅覚がそれほど衰えていないことの現れでもあろう)。それならば、と、ドライフードにウェットフードを混ぜ、においの強いウェット多めの部分に薬を混ぜ込むようにしてみた。
これまで食餌のほとんどをドライフードで過ごしてきたハナは、最初のうちは嬉々としてウェットフードと薬を一緒に食べていたのが、だんだん薬のある部分のウェットフードごと残すようになった。そして、突然、薬が入っていなくてもウェットフードを口にしようとしなくなってしまった。
これは私の失敗以外の何ものでもない。喉の奥に薬をポンと押し込んでもよかったのだけれど(結局今はそうしている)、それにはある程度の拘束が必要になってくる。投薬は毎日のことなので、なるべくストレスをかけたくないという気持ちとのせめぎ合いの結果、このような事態を招いてしまった。超高齢期に入るまでは思いもよらないことだった。老化による食欲低下に伴う好き嫌いの進行と、ウェットフードには薬が混ざっているという条件付けが重なり、学習が良からぬ方向へ働いてしまったのだ。
もともと嗜好の強い犬や、食の細い犬と暮らす飼い主の方なら簡単に予測できることかもしれない。だが、何でも食べる犬と暮らしてきた私にはそれができなかった。なので、食に旺盛な犬と暮らす方には、犬もある程度の年齢になると、ご飯やおやつに薬などを混ぜ込んで与えることには注意が必要だということを記憶のどこかに刻んでおいていただきたい。その瞬間は突如やってくる可能性があるということも。大好きな食べ物を嫌いにさせてしまうのは、飼い主として心底悲しいことでもある。
高齢犬のご飯は、長めのスパンで観察してみる
少しでも量を食べてもらえればと、ドライフードを何種類か混ぜたり、ウェットフードを混ぜたり、ちょっと手作りしたりもしてきたが、結局のところ、超高齢犬になればその時々で食べたいものだけを選んで食べるようになり、それほど食べたいと思えないものは簡単に残すようになる。一生懸命犬のことを考えての結果が「食べない」となればガッカリするし、体調維持も心配になってくるが、どうかあまり一喜一憂しすぎないでほしい。
そのためには、少し大きなスパンで食生活を見てみるといいかもしれない。もし1日2回のご飯なら1日のトータルでどうだったか、日ごとに波が見られるようなら、1週間でどうだったか、というように。また、ご飯の時間帯も食欲に関係している可能性も考えられる。少なくともハナは、朝よりも夜の方がたくさん食べる確率が高い。
また、定期的にご飯を食べる習慣のある犬は、人と同じように空腹の時間が長くなると胃酸が強くなることがあると獣医さんに聞いた。なので、ご飯は口にしなくても好きなおやつを食べるなら、少しでも胃の中に何か入れてあげるようにしておくのも胃腸の調子を維持するためにプラスに働くかもしれない。
想像以上に影響していた食感
実は、ドライからウェットをプラスする間にもう一段階あった。ドライをふやかしてから与える、だ。ここから先のハナのケースはあまり一般的ではないかもしれないため、「そんな子もいるんだ」程度の心持ちで読んでいただきたい。特に、もともと消化器系の弱い犬や、胃捻転・腸捻転などを起こしやすい犬種には別途注意が必要である。
ハナは初めから食べるのが遅かった。なぜなら、よく噛んで食べるタイプだったためだ。噛むことが好きなようにも見えていた。ドライフードの粒をいちいちカリカリさせながら食べるし、小さなおやつの端きれでさえも基本丸呑みしない。そんなハナにはよほどお腹の調子が悪いときを除いて、超高齢になるまでフードをふやかさずに与えていた。
しかし、さすがに16歳を過ぎてからは消化のためにも良かれと思い、ドライをふやかし始めた。だが、低下していく食欲を見つつ「おや?」と思うようになり、獣医さんと相談してお腹の調子が悪くならないようならばと、再びフードをふやかさずにそのまま与えるようにした。するとまあ、食が少し戻ったのである。そう、やっぱりハナは「カリカリ」する食感や、「いちいち噛む」ことが好きなタイプだったのだ!(本人に直接聞けないけれど)人ならば、濡れせんべいより堅焼きせんべい、おかゆはご飯と呼べません!みたいなものなのかもしれない。
無論、歯の状態の良し悪しもあるだろう。歯のトラブルがないことも、ハナの「カリカリしたい欲」をキープしている一因かもしれない。しかしお恥ずかしながら、私はタロハナの歯磨きをきちんとやってこなかった。だから、この点については本当にラッキーだったと思っている。歯のトラブルを起こさないままご長寿犬になれたのは、犬種の傾向かもしれないし、食生活かもしれないし、偶然の出来事なのかもしれない。いくつかの理由が絡んでいるのだろうが、いずれにせよ、歯周病は万病のもととも言われている人と同じで、犬も歯の健康と体の健康は直結している。だからやはり、愛犬の健やかな老後のためにも歯の健康は大事であることを心に留めておいていただければと思う(「犬の歯の健康と認知機能障害」を参照ください)。
今現在家にあるドライフード。いろんな「カリカリ」を、その場の気分で好きなものを選んで楽しんでもらいたいがため。これ以外にも味違いがあったりもする、なかなか一種類の気に入ったものを食べ続けてくれない対策である。
持ち駒を増やす努力を!
老犬になれば食欲が落ち、嗜好がうるさくなるのはある意味当然のこと。だからこそ、大好きな食べ物の持ち駒を増やし、できるだけ長く大好きでい続けられるよう、与え方に工夫してみることも大切だろう。
また、一番大好きなものは何で、どのような健康状態でも食べるのかをチェックしておくといいかもしれない。たくさん食べなくても少しは食べようとするのか、それともまったく見向きもしなくなるのか、食いつきと健康状態との関係を把握しておけば、不調の際の判断材料の一つになるだろうし、獣医さんともその情報を共有することができる。
そして、超高齢になって体調がイマイチで(病気のせいではなく)食欲が低下しているときなどに、大好きなその食べ物ならばと安心して使えるのではないかと思う。愛犬の老後のために、大好きな食べ物(その食べ物の状態も含めて)をあらためて見直してみたり、ほかに好きなものがないか探してみてはいかがだろうか。
次回はご長寿犬の「遊び」についての話をしたいと思う。