文と写真:五十嵐廣幸
ノーズワーク教室の全コースを終えて、オープンクラスと呼ばれる練習会に週一回通っている。参加者は私以外全員女性、おばちゃんやお婆ちゃんたちで成り立つ。そしてインストラクターも女性。つまり逆紅一点状態なのである。今回は「イガちゃん、ノーズワークをやるinオーストラリア」続編レポートだ。
平日の夜7時半から始まる練習は、ボーイスカウトが使用する施設を間借りして行われる。練習開始30分前になるとおばちゃんたちは自らの車で会場にやってくる。ドイツの高級SUVで乗り付ける人もいれば、トラックを運転してくるお婆ちゃんもいる。会場は住宅街にあるのだが、誰も徒歩ではやってこない。
練習会に車を使ってやってくるのは、移動のためだけではない。ノーズワークの最中や、直前のスタンバイ段階(犬の排泄などを済ませていつ呼ばれてもよいように準備しておく)以外の間、犬の待機場所として活用できるからだ。犬もいつも乗っている車にいるほうが落ち着くのだろう静かに出番を待つことができる。他の犬を見るとビビってしまう犬や、攻撃的になる犬であればなおさらだ。もちろん暑い日は施設内の部屋に各自クレートを持ち込んで犬を待たせることもあるが、今は秋の夜長のメルボルン、車内は十分に涼しい。
ほとんどの参加者は犬を車に待機させたまま、他のハンドラーのノーズワークの様子を見学している。そこで
「今ヘッドターン(犬がターゲット臭に気づいて頭の向きを変える動作)したわね、見た?」
「あそこがどうしても見つけられなかったのよ」
「風向きが変わってきたかしら」
などと意見をお互いに出し合う。
他の多くのドッグトレーニング同様、ノーズワークも自分だけでは客観的な判断が難しい時がある。こうした練習会に積極的に参加すれば、インストラクターからアドバイスをもらうことができる。だがおばちゃんたちは、それだけでは飽き足らず、他のペアのノーズワーク・パフォーマンスを見て、そこからもいろいろと吸収しようとする。真剣な眼差しを向けるのはそのためだ。
「人のふり見て我がふり直せ」
ノーズワークが上手なおばちゃんたちだけに、それをちゃんと心得ている。練習会が終わっても、皆すぐに解散などしない。まるで将棋の対局後の感想戦のように、自己評価しながら皆と話し合うのだ。「ハンドラーは如何にして犬を読むか」「いかに効率よくハイドをみつけさせるか」などなど…。ノーズワークの夜は長い。
これらおばちゃんたちと一緒にいるのは実に居心地がいい。理由は二つ、一つは彼女らの犬に対する態度。「あら〜、ワンチャンかわいい!」と何かとかわいい、かわいいを連発しない。そんな子供っぽいことに犬の価値を見出さない。ここに集まるおばちゃんたちにとって素敵な犬とは、ターゲット臭をスマートに探し当てる子。
そんな考えの表れかもしれないが、練習会に参加する彼女らの格好はファッショナブルとは言い難い。どちらかというと実用的な服装で、冷たい風や雨に濡れても平気なジャケットを身につけている。足元は履き慣れた防水トレッキングブーツ。
もう一つは
「愛犬を喜ばすために私、頑張ってノーズワークやっています!」
というような、いかにも自己犠牲を全面に押し出した姿勢を感じさせないからだ。犬を喜ばせたいだけじゃない、おばちゃんたち自身もノーズワークを心からエンジョイしている。犬と一緒にもっと上達したいという強い気持ちが一回一回の練習から伝わってくる。彼女たちはノーズワークという犬との静かなる共同作業に誠実に取り組んでいると思う。
私はそんな素敵なドッグスポーツ好きの女性たちに囲まれて幸せなのである。
文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる
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