イガちゃん、ノーズワークをやる in オーストラリア 前編

文と写真:五十嵐廣幸


ユーカリの木の幹に隠したターゲット臭を見つけたアリー。

「ノーズワークでもやってみようか」

そう思ったのはアリーが膝の前十字靭帯を痛めたからだ。それまではアクティビティといえば、ディスクやシープハーディングといった比較的運動量が多い遊びばかりを行っていた。幸いにもアリーの足の手術は成功した。それでもあまり無理はさせたくないという気持ちと、犬のQOL(生活の質)を下げてはならないという使命のなかで彼女に最適なアクティビティを探していた。

ノーズワークの存在は以前から知っていたが、正直に言うと自分から進んでやってみようと思わなかった。まるで一昔前に町内会でよく見かけたシニアのためのゲートボールみたいなもの、という印象もありとても地味なスポーツに見えたからだ。そんな運動量の少ないアクティビティではワーカホリック(仕事中毒)とも言われるボーダー・コリーは満足しないのではないか?

ノーズワークはアジリティのように疾走する必要もなければ、飛んだり駆け上ったりすることもない。だが一方で、ターゲット臭を探し当てるようになるまでには特定のにおいを覚えさせたり、ハンドラーが風や空調などの空気の流れを読んだりと、目に見えないことを考慮しながら練習したり経験したりすることが必要不可欠だとも聞いた。これは犬とハンドラーが一緒にターゲット臭の在り処を探し当てるゲームなのだ。

「何はともあれノーズワークを習ってみよう」

ノーズワークのクラスを探すのはとても簡単だった。グーグルでNose work near meと検索すると最寄りのドッグスクールが10箇所ほどリストアップされた。その中から動画でのクラスの紹介があり、レッスン内容と料金が明確に記載されていたスクールに申し込みをした。そこのインストラクターがAustralian Canine Scent Workというノーズワーク団体の競技審査員であることも魅力だった。ノーズワークをドッグスポーツとして教えてくれるところなら、競技会を前提にして学ぶことができる。競技会で上位を目指すことは最高のモチベーション維持に繋がるだろうと考えた。レッスンを受けながら競技へのアドバイスを聞くことだってできる。ノーズワークへの期待は少しずつ高まっていった。

参加したコースは初心者のための6週間コース。生徒は私を含め合計6人、週1回90分のレッスンが行われる。犬種はパピヨン、ボーダー・テリア、アリーと同じ犬種のボーダー・コリー、ブルー・ヒーラー(オーストラリアン・キャトル・ドッグ)そしてラブラドール・レトリーバー。午前中のクラスということもあってか年齢層は40代〜60代くらいの女性がほとんどだった。男性は私だけ。仕事の都合で、一度だけ夜のクラスに振り替えてもらった時には20代のカップルや30代の人が仕事帰りにレッスンに参加していた。平日の夜でも学べる環境があるのは、犬とのアクティビティやスクールがオーストラリアでは根付いている証拠であると感じた。

「うちの犬はオスワリしないから」「他の犬と仲良くできないから」と犬とのアクティビティへの参加をためらう飼い主の声をよく耳にする。しかし、ノーズワークに限っては、そのようなことを気にする必要はないだろう。ノーズワークの始まりはアメリカの動物保護施設に収容されていた保護犬のために作られた遊び。それがスポーツになったものだ。サーチエリアと呼ばれる施設内には、犬一頭と飼い主のペアがターゲット臭を探すので他の犬と接触は一切ない。その間、他の犬たちはクレートや車の中で待っていたり、次の順番のために芝生の上などで排泄を済ませて飼い主と一緒に待機していたりする。実際にクラスメイトの2頭は他の犬に対してとても攻撃的な性格であったが、なんら問題なく授業は進んでいった。


車の中で自分たちの順番を待つ犬たち。

私が習っているK9 Nose Workではターゲット臭を探させる前段階として、箱や椅子などにフードを置いて犬に見つけさせるという基礎をまず教えてくれた。このフードサーチにおいては、食べ物のにおいをたどり美味しそうに食べる犬もいれば、不安で飼い主の横から離れない犬もいた。また、アリーのようにフードを見つけても「これ食べてもいいの?」と飼い主の許可を待つ犬など、様々な行動が見られて興味深いものだった。

これを1レッスンで4回ほど、5週間にわたって行った。さらに並行して5mリードによるリードワークの練習、録画したサーチを見て空気の流れや犬がにおいをとる行動などを学び、コースは進んでいった。施設内を歩きフードを見つけるという単純な運動であるにもかかわらず、いつもよりよほど嗅覚や脳を使うのだろう。レッスンを終えるとアリーは自宅のソファで深く眠った。

つづく

 

文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる

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