文と写真と動画:藤田りか子
スウェーデンにおけるイギリス式ガンドッグ競技クラブ
スウェーデンには現在レトリーバースポーツに関しては二つのメジャーなクラブが存在する。ひとつはスウェーデンに昔から存在していたスパニエル&レトリーバー・クラブ。このクラブで開催されるガンドッグテストはスウェーデンの鳥猟狩猟形態に基づき犬の技が評価される。遠隔操作やマーキング技能を評価する科目の他に、森林に落ちている鳥やウサギを回収するサーチ能力も含まれている。この科目では最初のコマンド「サーチ!」以外にコマンドを出すと評価が下がる。あくまでも犬の独立心に任せるサーチであり、いわば狩猟版ノーズワークである。このクラブでは毎年およそ100以上のガンドッグテストを開催している
だがここ数年イギリス式のルールでガンドッグの競技を、という動きがスウェーデンで目立つようになった。イギリス式を推進している中心的存在はスウィディッシュ・ガンドッグ・リーグ (Swedish Gundog League 略してSGL)だ。イギリスからジャッジを招き、何から何までイギリス式にのっとりトライアルやテストを行う。もちろんジャッジにドレスコード(!)があるのは言うまでもない。SGLは4年前に結成され、現在そのメンバーはおよそ600人。
クラスの落ちこぼれ組、アシカと私
昨年秋に初めてSGLが開催しているトレーニングコースに参加したのだが、それ以来イギリス式の競技会のルールにすっかりハマってしまった。以前もこのシリーズで記したことがあるが、イギリスのルールの方がはるかに難しい。だがそれゆえに競技形態はドキドキの連続で非常にスリリング、この形式のゲームで味わえる緊張感がなんともいえない。審査のほとんどはウォークド・アップやドリヴンという狩猟形態で行われる。競技中は鉄砲の音があちこちで鳴り響く。どこにダミー(鳥)が落ちるかわからない。時にはマーキング、時にはブラインドで犬を送り出し正しいエリアに犬をハンドシグナルで導く。そして見事探し当て持ってきてくれた時の快感ときたら!ノーズワークに遠隔操作が加わった楽しさ。ああ、もうこれはやめられない!
イギリス式に魅了されてから、インストラクターのビルギッタ・Sさんの2日間コースに1ヶ月に1度、3ヶ月間通い続けた。ビルギッタさんはイギリスやヨーロッパでのフィールドトライアルに100回は参加している経験豊かなレトリーバー・トレーナーだ。ちなみに我が家から南部スウェーデンの彼女のところまでは、東京 – 大阪間ほどの距離があるのだが、よいトレーニグを受けるためには500kmの運転は苦にならない。
コース初日ではあまりにも他の参加者のレベルが高いことに驚いたものだ。ほとんどの犬たちはまだ2歳にも満たない若犬なのに、どの子も100mは真っ直ぐに走るし、スラスラと柵を飛び超えて難しいラインニングをこなす。ああ、なんと…、レッスン第1日目にして私はすでに大きな衝撃を味わったのだった。これがイギリス式競技のレベルなんだと。お恥ずかしいことだが、それまでに私はアシカに柵越えの練習なんてさせたことはなかった。アシカは3歳だ。そもそも私の住んでいる場所には羊がいないから、イギリスのような金網の柵は牧草地にはない。あってもほとんどが電気柵。おまけにそんなところで鳥猟を行うという伝統もない。この地方で大事なのは森に落ちた鳥を探せること。ライニングだって60mできればいいという感じだ。
ライニングを時々拒否するアシカを見てビルギッタさんに「あなたはアシカを甘やかせているわ」と言われるなど、私がクラスの落ちこぼれであるのは明らかであった。これはまずい。なんとかせねば、と次なるレッスンまでの1ヶ月間、ほぼ毎日練習に明け暮れた。あのレベルに追いつかないことには、次のコースをとっても意味がない。お金の無駄遣いでもある。
コースから帰ってきて、羊のネットがないか界隈を探したら、なんと街の公園に張られていたのを発見!練習をしたら見事この通り!
そして1ヶ月後再びビルギッタさんのコースへ舞い戻った。今回は、柵超えをアシカは楽々とこなした。もうライニングを拒否することもなくなった(ライニングの拒否をどうやって克服したかは、こちらの記事を参考にされたい)。水から出てもダミーを手渡しするまでは絶対に体を振るうこともなくなった。ビルギッタさんと夫のヤンネさんに「もしかしてあなた双子の姉妹がいるの?この間のりか子とは別人のよう」とまでからかわれた。初めて出会った時と比べて、私のハンドラーとしての態度は全く変わったそうだ。
競技は草丈の高いフィールドでのウォークド・アップ
さてコースも終了し3ヶ月間の練習成果は如何程に?と、肝試しと勉強を兼ねてSGLが開催しているワーキング・テストのノービスクラスに初出場することにした。競技会だと緊張感が練習とは違うしルールも学べる。恥ずかしい結果になるかもしれないが、練習のつもりだ!と開き直った。だが競技会場を見た瞬間「あ、こりゃ本当にだめだわ…」と肩を落とした。地形はアップダウンでなにしろ草丈が高い!そしてここをウォークド・アップで競技をするのだ。
ウォークドアップの様子。なぜこんなにズラーリと並んで犬の回収力を試すのか?実はこれはヨーロッパ式勢子猟なのだ。皆で並んでフィールドを歩きながら茂みに隠れている鳥を羽ばたかせる。そして羽ばたいたところで撃つ。その時に落ちた鳥をレトリーバーが回収する。
参加したのは17ペア。最初の10ペアがラインに入った。私とアシカはラインへの待機組でギャラリーといっしょに移動する。ラインにいるペア達は横並びの一直線を崩さないよう皆が慎重に進む。まもなくガンショットが何回か響き渡りラインが止まり犬を出す段階となった。まず2組がラインから外れた。フライング(コマンドを待てずに勝手に前を出てしまうこと)をやってしまったのだ。さらに1頭の犬はクーンと鳴いてしまったばかりにジャッジから「さようなら」を言い渡された。なんだかんだであっという間に一気に4組が脱落。そうこうしている間に私とアシカが呼びだされラインに入ることになった。
手前がギャラリー。向こうにウォーク・アップのラインが見える
ウォークド・アップでは犬の完全なそして自主的なヒールウォークが要求される。コマンドなど出さなくともアシカは自動的に横にぴったりついて歩かなければならない。私もどこに鳥が落とされていたか絶えず前方をみて覚えておかなければならず、とても犬を見たり矯正している暇などない。
ガンショットが響きダミーがあちこちで投げられる。その度に1つ1つ落下した場所を覚えようと目を凝らす。だが銃声の度にダミーは投げられるわけではなく、時に「外しました!」というシナリオもある。そんな時は「ほっ!」と胸を撫で下ろし、さらに前方をゆっくり歩く。このように銃の音はつねに鳴り響くので、協調性やインパルスコントロールができない犬にはとてもついていけるような競技ではない。本当に究極のドッグスポーツだ。このスポーツで気質淘汰され今のフィールド系ラブラドール・レトリーバーという犬があるのだと思う。
優勝者は…
いよいよジャッジに呼ばれ、撃ち落とされた鳥(ダミー)をとる番となった。最初の1本目は深い茂みに落ちたダミーだったが、ハンドリングなしでアシカはダイレクトに拾ってきた。3本目は確か「ラビット!」であった。そう、つまりウサギ。だから撃っても落下したところが見えない。ジャッジにだいたいの位置を教えてもらいアシカを直線に送りだした。見事エリアどんぴしゃに入った。ハンティング・シグナルを出した直後に彼女はあっという間に見つけた。ノーズワークがここでも活きている。鼻のいい犬だとラインの仲間に褒められた。アシカはこの時2頭の犬をアイワイプした。アイワイプとは、ある犬が見つけられなかった獲物を見つけることを言う。他の犬が見つけた場合、見つけることができなかったペアはラインから外れることになる。
前の2組が探せなかったので、アシカが果たして見つけられるかどうか試された。ジャッジにおおよその場所をおしえてもらい彼女を送った。運良くすぐに見つけてくれた!
ガンショットが鳴りダミーが投げられるたびに1組、また1組とダミーを見つけられずラインから脱落した。気がついてみれば私ともう1組しか残っていなかった。私とアシカはすでに5本のダミーをとっていた。そしてもう1組と私たちペアは同点だったようだ。この後ランオフといって、勝者を決めるためにもう1ラウンド回収ゲームが行われるはずなのだが、4人のジャッジ達はしばらく話し合った末に、ランオフを行わずに勝者を出すことに決めた。草丈が高くおそらくもう一度やったらどちらも回収できないという可能性があり、そうすると今回の勝者を出すことができないから、というのが理由であった。
そして2組のうち、私とアシカ組に軍配が上がった。片方のペアよりハンドリングが少なかったからだそうだ(笛をピーピーならしたりコマンドを連発するハンドラーほど評価が低くなる)。おやまぁ、なんと!アシカはとても勝負強いところがある。いや、勝負強いのは、私の方だろうか。ビルギッタさんの夫であるヤンネさんはジャッジの1人だったのだが、彼は目にうっすら涙すら浮かべて、私に優勝トロフィーとサーティフィケイトを手渡してくれた。我々の3ヶ月間の進歩を見守ってきた彼にとっても感無量だったのかもしれない。コロナの時期だから握手をするフリでとどまった。私とアシカはテクニカルの上ではまだまだ未熟者だ。しかし基礎の部分、ステディネスやヒールウォークが完全にできていたことがすごく大きいと評価してくれた。もちろんアシカがこの日に限ってなぜか素敵に真っ直ぐ走ってくれたという奇跡も大いに貢献したと思う。
たとえ表彰式でもソーシャルディスタンスは守られている!
今でもあれが本当に起きたことなのだろうかとなかなか信じられないでいる。だが過去の栄光にひたっている暇はなし。ノービスの次はオープンクラス。まだまだ練習と試練は続く。そしていずれはフィールドトライアル(実猟を伴う競技会)を目指そうと思う。いよいよアシカの取ってきた鳥を十羽をひと唐揚げにする日が近づいているのかも…? いや、どうかな….。