文:尾形聡子
[photo by Barry Marsh]
人よりもずっと短い寿命の犬たち。そんな犬と暮らす私たちは「この子はいったいどのくらいまで生きてくれるのかな」と考えることが一度ならずあるはずでしょう。
2018年に発表された東京大学の研究者らによる調査研究から、昔に比べると犬全体の寿命が格段に延びているのを数字として知ることができます。それは犬たちの健康状態がよくなっていることを示すものであり、食や住環境の向上や、家族の一員として犬の健康維持を大切に考える人が増えていることのあらわれでもあります。
その研究において、東京で暮らしていた12,000頭以上の犬の平均寿命は13.7歳、純血種が13.6歳、雑種が15.1歳という数字となっていました。では私たち人の場合はどうかというと、世界保健機関(WHO)が発表した2019年版の「世界保健統計」では、世界中の人々の平均寿命を72歳と発表しています。国によって平均寿命は異なりますが、100歳を超えればかなりの長寿とすると、長寿の人は平均寿命の人の50%ほど長い寿命であると考えられます。日本の場合で考えますと、平均寿命が約82歳なので、100歳以上の方は平均寿命の25%ほど長い寿命であるという計算になります。
東京大学の先の研究での雑種の平均年齢15歳を元に、ご長寿犬が人と同じ割合で平均寿命よりも50%長生きすると仮定するならば、22.5歳に該当することになります(日本での25%と考えるならば、18.8歳程度)。また、その研究調査対象となった犬の中で22歳以上生きたのは13頭(純血種、雑種両方を含む)で全体の約0.1%でした。ちなみに日本の場合は100歳以上の高齢者が7万人を超えたようで、総人口の約1億2500万人中の割合としては約0.055%くらいとなり、犬のご長寿犬よりもずっと低い割合となっています。
このあたりの「ご長寿」割合に差があるのは人と犬とが違う種であること、受けられる医療が異なることなどが大きな理由として挙げられるため、単純に比較することはできませんが、それでも犬で20歳を超えれば「うわあ、長生きね!すごい!」と感じるものです。しかし、これまで私は20歳を超えた犬と一度も会ったことがありません。数字からみれば、100歳以上の高齢者と会うよりも可能性が高いはずなのですが…。皆さんの周りはいかがでしょうか?
種は違うものの、人と犬の寿命にかかわる病気や老化には多くの共通点があると考えられています。寿命にはもちろん環境要因も影響してきますが、遺伝的な要因もあると考えられています。老化やアンチエイジングの研究から長寿遺伝子、長生き遺伝子などといわれる寿命に影響するとされる遺伝子が複数発見されていますが、それもそのはず、なぜなら細胞を健康に維持し続けるにはさまざまな遺伝子の働きが関わってくるからです。
とはいえ個体の維持に関わる遺伝子は多数あります。それらすべてが長寿のカギを握るのではなく、いわゆる長寿遺伝子と考えられるのは、老化の主要メカニズム(テロメアやエピジェネティック変化による遺伝子発現の変化など)に強く関与する遺伝子となってくるだろうということなのです。
ざっくりとではありますが、このような背景から、犬の認知研究で有名なハンガリーのエトベシュ大学の研究者らは、超ご長寿犬である22歳と27歳の2頭の犬が持つゲノムを調べ、どのような遺伝的背景が犬の長寿に影響するかを本格的に調べるための予備的研究を行いました。簡単にいえば、人での100歳以上の遺伝子をつぶさに調べれば長寿の人に共通する何らかの長生き遺伝子が発見できるかもしれない、という狙いと同じです。27歳と22歳という年齢の犬を選んだのは、前述したように、「人でいうところの100歳以上に相当する長生き犬」と考えてもいいだろうという理由からです。
超ご長寿犬のゲノム解析からみえてきたこと
『Frontiers in Genetics』に発表された研究によれば、研究対象となった超ご長寿犬の犬はいずれも雑種。27歳の犬はオス(13~14キロ)で去勢手術はしておらず、22歳の犬はメス(16~18キロ)で不妊手術済み、いずれの犬もハンガリーの田舎町に住んでいました。飼い主が与えていた食餌内容は、27歳のオスは生涯を通じて生の鶏肉と人の食事の残り物、22歳のメスは市販のドッグフードでした。両犬ともに日常生活において自由に外をブラブラすることができたため、普段与えられている食餌のほかにも自分で何か獲物をつかまえて食べていたかもしれないとのことでした。
また、27歳のオス犬は乗馬センターに住んでいて、そこにやってくる人(知っている人にも知らない人にも)とてもフレンドリーであり、農場や村に暮らす犬たちとも同じくフレンドリーに接していたようです。22歳のメス犬はドッグシェルターのマネージャーの愛犬で、シェルターを訪れる人々、管理スタッフ、ほかの犬たちとたくさん接触のある毎日を送っていました。
photo from Frontiers in Genetics fig1] 超ご長寿犬2頭の写真。左が27歳オス、右が22歳メス。
研究者らはこれら2頭の全ゲノムシーケンス(Y染色体以外)を行い、すでに公開されている3つの犬のSNP(一塩基多型、ゲノム中の一塩基が変化)850頭分のデータベースと比較したところ、2頭の超ご長寿犬に共通する新規発見のSNPが約7,500見つかり、新規発見のインデル(ゲノムへのDNA配列の挿入または欠失のどちらか、あるいは両方)が約62,000見つかりました。
それらの変異をさらに詳しく調べていくと、タンパク質を作っていくためのアミノ酸の読み始め、または読み終わりの部分にDNAの変化(SNPやインデル)が起きている遺伝子があることが分かりました。それら12の変異した遺伝子はすべて機能を喪失しており、2頭の超ご長寿犬はそれらの遺伝子をヘテロ接合(片方は変異していて、もう片方は変異していない野生型)で持っていました。
これらの変異遺伝子がどのような影響を及ぼしているかは不明ではあるものの、2頭の犬は血縁関係がないにもかかわらず共通して持っていたことから、それらを今後の長寿遺伝子研究に役立てていけるだろうと研究者らはいっています。また、今回の解析対象となったのは2頭の犬だけでしたが、より多くの超ご長寿犬のサンプルを解析すれば、長寿に影響があるだろう共通したDNA変異箇所または変異遺伝子がより多く見つけられるようになると考えているようです。
[photo by George Donnelly]
愛犬の健康寿命を長くするために
超ご長寿犬で見つかった遺伝子変異は、加齢により変異したものなのか、もしくはもともと変異していたものなのか、その変異が寿命にプラスの影響を及ぼすのか、はたまたマイナスの影響を及ぼすほかの遺伝子変異などを抑制するのかなど、まだまだ分からないことが多い状況です。もちろん個体の寿命、健康状態全般には環境要因も影響してくるため、遺伝子の働きだけが直接長寿につながるのか、それとも特定の環境要因と組み合わさらないと長寿につながらないのかなど、長寿のメカニズム解明に至るにはまだまだ道のりは長そうです。
犬と人は種が違えども、多くの共通する病気や生活環境を持ちます。そこを活かした研究が両方向から切磋琢磨しながら進められているのは素晴らしいことです。がしかし、寿命にも影響してくる食事や運動に関しては大きく異なる可能性があります。その点は私たち飼い主がフォローしていかなければならないところ。必要とされる栄養や運動は人と犬とで大きく違うばかりか、同じ犬でも犬種によって異なってくることでしょう。
犬の健康寿命をキープするために飼い主としてできることは、遺伝的な部分以外、食餌と運動(身体的・精神的刺激)という日常生活の大きな二本柱がポイントとなってくるのだとあらためて感じているところです。
【参考文献】
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