文:尾形聡子
愛犬に元気に長生きして欲しいと願うのは犬と暮らす人の常。しかし加齢とともに細胞は刻一刻と老化していきます。『テロメア』と呼ばれる、染色体の端に存在する構造は細胞の老化に大きく関与するもののひとつと考えられています。では、テロメアとはいったい何なのでしょうか。人の寿命を決めているものだといったことを聞いたことがある方もいるでしょう。
テロメアとは?
テロメアとは、人や犬などの哺乳類、昆虫や植物の染色体の両端に存在する、DNA の特殊な繰り返し配列のことをいいます。人には23対の、犬には39対ある染色体すべての両端に必ずテロメアと呼ばれる部分があります。染色体は身体を構成する細胞内に存在する核の中にありますが、ひとつの細胞がふたつに分裂する時、新しい細胞も同じ染色体セットを持つようにするため、染色体は複製されて倍になります。例外的に、生殖細胞の精子と卵子は特殊な細胞分裂の方法をとるのですが、それ以外の体細胞はすべて、『ひとつの細胞の中で染色体を複製する⇒細胞分裂してふたつの細胞に分かれる』という流れを繰り返し、新しい細胞を作り出しています。
生物が同じ染色体セットを持つよう細胞分裂をするため、つまり、染色体の複製に必要とされるもののひとつがテロメアです。その他にもテロメアは、染色体上にある大切な遺伝情報を保護するという役割も担っています。
テロメアの発見と寿命との関連性
テロメアとテロメラーゼと呼ばれるテロメアを合成するために必要な酵素を発見し、染色体が複製される際のメカニズムを明らかにした3人のアメリカの研究者らは、2009年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。このことからも、テロメアという言葉をなんとなく聞き覚えている方もいるのではないかと思います。実はテロメア研究の歴史は古く、染色体の末端にテロメアという特殊な配列が存在しているのが明らかになったのは1930年初頭のことでした。染色体が DNA とタンパク質の複合体でできていて、DNA は二重らせん構造をとっていることすら分かっていなかった時代でした。
テロメアとテロメラーゼの研究はコツコツと行われていましたが、1990年後半に世の中から大いに注目を浴びることになります。細胞の老化とガン化に密接な関係があるという報告がされたためです。体細胞は生涯に分裂できる回数があらかた決まっており、寿命とテロメアの長さに相関があることが示されたことがそのひとつにあります。DNA 複製の際、テロメアはテロメラーゼによって修復されるものの、完璧には複製されずに分裂のたびに徐々に短くなっていきます。そしてテロメアがある程度の短さに達すると、細胞は分裂するのを止め、死を迎えるといわれています。
また、寿命だけではなく、テロメアは疾患との関連性も示されています。ひたすら増殖しながら生き続けるガン細胞は、短いテロメアを持ちながらもテロメアを複製するのに必要なテロメラーゼの酵素活性が高いことなどが次第に明らかにされてきました。さらに人において、テロメアの短さは心臓や血管などの疾患と関連性があるとの報告もありました。
生物である以上、寿命がおとずれるのは必然です。犬も、また人である我々も例外ではありません。老化のメカニズムが少しでも解明されれば、そして病気の予防や治療にも役立てられるならばと、これまでのテロメア研究は主に人を対象に行われてきました。
犬種とテロメアと寿命
カナダの研究チームが中心となり犬のテロメア研究を行い、寿命の長さとテロメアの長さとに相関があるという報告が2012年にありました。
研究者らは26犬種、175頭の犬のテロメアの長さを調べて平均値を出し、その中で1犬種3頭以上について調査をした15犬種についてのデータ解析を行いました。すると、犬種の平均寿命の長さ(または短さ)とテロメアの長さ(または短さ)とに強い相関が見られました。犬の寿命の決定にテロメアが何らかの形でかかわっていることが示されたのです。さらに犬は、人と比較すると1年に10倍ほどのスピードでテロメアが短くなっていることも明らかになりました(人は1年で20-40塩基対、犬は最大360塩基対)。このことは、実際に犬の寿命が人よりもずっと短いことと相反しない結果といえます。今回調査された犬の平均寿命が9.7歳だったことから、犬種により差はあるものの、犬は人の10倍ほどのスピードで歳をとっていくとも考えることができます。また、人と同様に犬も、オスの方がメスよりもほんの少しだけテロメアが短くなっていくスピードが速いことも分かりました。
テロメアの長さは寿命以外に病気との関連性も見られ、テロメアの平均長が短い犬種の方が心臓・血管などの循環器系の疾患で死亡する可能性が高いことが示されました。これについても人で同様の報告がされています。その他には、消化器系や筋骨格系の病気などとテロメアの短さに相関が見られた一方で、造血障害やガンとの関連性は見られなかったそうです。
とはいえ、寿命は遺伝的背景だけでは決まらない
今回の研究により、犬種によってテロメアが失われていくスピードが異なることが示されましたが、決してゲノムだけが個体の寿命を決定しているわけではありません。また、人のテロメアはストレスによっても短くなるという報告があります。つまり、環境的な要因もテロメアの長さに少なからず影響を及ぼしているのです。個体が持つ遺伝子は変えることができませんが、遺伝的な面をカバーできるような環境を作り出していけるのではないかと思います。
犬の生涯は人よりもずっと短いものです。それを犬自身が知っているのか、老いていく自らをどのようにとらえているのかは分かりません。そもそも、長生きしたいという発想すら持たないのではないかとも思います。けれど、毎日の暮らしぶりがどうであるかについては犬も何かしら感じているはずです。散歩や食餌、遊びやコミュニケーションなどを通じて、犬たちがより良い刺激を受けられる生活が送れるようにしていきたいですね。
(本記事はdog actuallyにて2013年6月4日に初出したものを一部修正して公開しています)
【参考文献】
・Telomere length correlates with life span of dog breeds.Cell Rep. 2012 Dec 27;2(6):1530-6.