文:尾形聡子
社会性のある生物が生きていくためには、仲間がどのような感情状態にあるかを適切に察知して反応する能力を持つことはとても重要です。人と人以外の動物の認識システムには類似性があるだろうと考えられていますが、霊長類以外の動物では相手の表情をどのように見て、どのように対処しているかについてあまりわかっていないのが現状です。
以前、犬は人の笑顔と怒り顔とを識別できているという研究を紹介しましたが、犬と暮らしたことがある人ならば、このような研究結果を見ずとも「犬はわたしの表情を本当によく見ているし、気持ちもすぐに見破ってしまう」と感じたことが一度ならずあることでしょう。しかしそのような経験をしていても、実際に犬が人の顔のどの部分をどのように見て感情を判断しているかまではわからないものです。フィンランドのヘルシンキ大学の研究者らが実験を行い、その答えを『PLOS ONE』に発表しました。
実験に参加したのは一般の家庭犬25頭と研究所のビーグル8頭の合計33頭でした(平均年齢4.6歳、13犬種と雑種犬)。アイ・トラッキング・テスト(eye-tracking:視標追跡)を行う前に、すべての犬は、命令されたり強制されることなくモニターの前にじっと伏せていられるよう、クリッカートレーニングを受けました。モニターには犬と人それぞれについて、①脅迫的な表情、②楽しそうな表情、③感情のないニュートラルな表情が映し出され、視線を向ける顔のエリアは、目のまわり、鼻のまわり、口のまわりの3つに分けられ、犬がどの部分にどのように視線を向けているか解析されました。
その結果、犬は最初に人と犬の目のエリアに注目していて、鼻や口元よりも長い時間をかけて観察していました。また、脅迫的な犬の口元など、種に特異的な表情にも注意を向けていることがわかりました。そして、テストに参加した犬たちは、とりわけ注目する箇所はあったものの顔の一部分だけを見ているわけではなかったことから、顔全体をみて表情を判断していることが示唆されました。
3種類の表情を比較してみると、脅迫的な表情に対する反応に特徴が見られました。犬を見るときにはより長い時間顔に注意を向け、人を見るときには回避するような反応を示したそうです。このことから、対象とする生物種によって目から入ってくる合図を処理するために通る神経経路が異なっており、犬が人間社会で適応していくためには両方のメカニズム(対人・対犬)が重要とされているだろうことが考えられるそうです。人からの脅威信号を察知し、それに対して譲歩信号を出す反応の仕方は、家畜化を通じて犬が獲得した能力ではないかと研究者らはいっています。
今回の実験では脅威と喜びという2種類の表情のみが対象となりましたが、犬は私たちが見せるもっと複雑な表情を、犬独自の目線で解釈しているのではないかと感じます。さらには表情という目で見える部分だけからではなく、耳では微妙な声色の変化を、鼻では人の体からにじみ出るにおいの変化も合わせて感じ取り、犬たちは細やかに人の感情を読み取っているのです。私たちも、犬たちが全身にあらわす表情からなるべく多くを読み取れるようになりたいものですね。
(本記事はdog actuallyにて2016年2月4日に初出したものを一部修正して公開しています)
【関連記事】
【参考文献】