ドッグフード嫌いの犬

文と写真:アルシャー京子

犬を飼うとき、誰しもがまず犬の食事のことなどは問題にしないと思う。犬はドッグフードを食べていればいい、あるいはせいぜい悩んでもどのドッグフードが良いのか悩む程度にしか考えていないと思う。

犬にかかる費用を計算するときだって、1月に購入するドッグフードの価格を念頭に置くし、とにかく世間は「犬はドッグフードを食べていればいい」という扱いだ。

でも犬は機械製品ではない。ドッグフードを嫌いな犬だっているのだ。嫌いといわないまでも、どんなドッグフードでも喜んで食べる犬がいる一方でとにかくドッグフードを好んで食べようとしない犬は実は多くいる。うちの犬もそうだった。

うちの犬は別に子犬の頃から好き嫌いが激しかったわけではない。子犬の頃はとにかくドッグフードで育ち、食の好き嫌いの傾向が出てきたのは体の急成長が終わりかけた1歳頃からである。体の成長が緩やかになるに伴い、体が欲するエネルギー量も変化したのだろう。それまでほどの空腹感が徐々に失われ、それまで与えていたフード量を食べ残すようになった。パピーフードから成犬用フードに切り替え、フード中の脂肪分が少なくなって嗜好性も悪かったせいもあるだろう。

いろんな理由が相まって、犬はドッグフードを残すようになった。別のドッグフードを混ぜても食いつくのは最初だけ、日が経つと徐々にどんなフードでも興味を示さなくなった。

犬の食欲が落ちるというのは飼い主にとって大きな懸念である。食欲の減退はいろんな疾患において大事な症状の一つだから、飼い主は何かの疾患の兆候かもしれないとまずは疑いをかける。きっとその脳裏には「犬はドッグフードが好き」というイメージがこびりついている場合があるのではないだろうか?

うちの犬はドッグフードは好きじゃない。たとえお腹が空いていても口に入れるドッグフードは決まっているし、それでもせいぜい空腹感が落ち着く程度にしか食べない。

ドッグフードを食べないなどという状況を人にいわせると「犬を甘やかした」というのだが、そうとは思えない。食べないからといってすぐにとっかえひっかえしていたわけでもなく、それは犬との根比べでもあった。

空腹感が落ち着く程度にしかドッグフードを食べなくなり、多くを食べ残すようになったとき、それでも犬の諦めがつくまでハードに対応すべき、と誰かがいった。犬の好き嫌いに負けてはいかん、と頑固な態度で犬が諦めてドッグフードを食べるのを待っているうち、犬は痩せていってしまった。

なんとかフードを食べさせようと肉をトッピングしたりするのは、犬にとっては単なる小手先の騙しでしかなかった。犬はトッピングは好んで食べるが、その下のドッグフードは食べ残す。嗜好性を高めるためにスープや缶詰などをドッグフードに混ぜ込んでも、所詮はその真ん中にあるドッグフードに嫌気がさして途中で食べるのをやめてしまう。どんな手を使っても「うれしそうに好んで食べている」状況にはほど遠かった。

毎日嫌そうにドッグフードを食べ、はたしてそれで犬も自分も幸せだろうか?そこまでしてドッグフードにこだわるのはなんのためなのだろう。という疑問が残った。

犬にだって味覚はある。私たち人間とは感じ方の差こそあれ、しかし犬だって自分の好きな味くらい知っている。ドッグフードは栄養価もある程度揃っているし、手間をかけることなく犬に与えることができ、飼い主にとってはこの上なく便利な代物であるが、こうまで犬が食べなければそれも意味がない。どんなに素材がすばらしく、どんなに立派なドッグフードでも、犬が食べなければダメなのだ。

下手にトッピングをしても栄養バランスを崩すだけだし、食べない犬を食べるように仕向けるというのは非常に神経を使い、疲れる。ならばと本腰入れてとうとう本格的に手作り食を始めたのが約13年前の話。元々料理をするのは苦にならないことと、食材のことや栄養学などについては昔大学で習い仕事でも日々扱っていただけにむしろ得意な方だし、決めてしまえば私自身はもう特に手作り食への躊躇はなかった。

それはさておき。

あれから今日に至るまで、多くの「ドッグフード嫌い」の犬たちに出会った。決まったフードしか食べない犬も思っていたよりも多くいたことがわかった。しかし、どうして犬がドッグフードを嫌うのかは残念ながらわからない。味なのか、匂いなのか、そりゃあどう考えても自然な食材と比べるとフードはいかにも加工されたものであるから不自然さは極まりないのだが、もしかしたらその辺りが問題なのだろうか?ともあれ、世間が思うほど犬の嗜好は甘くない。

一見わがままに見えるこの「ドッグフード嫌い」という犬の態度だけど、ドッグフードの歴史から考えると、この数十年のうちに著しく開発された、素材をとにかく混ぜこぜにして練り上げたものをみな美味そうに食べろ、というのはちょっと傲慢かもしれないとも思った。しかも犬の味覚は人間とは異なるからか、同じフードを長期間食べ続けるなんてだけでも、(かえって人間の感覚からすると)よく飽きもせずできるなと感心せざるを得ないのに。

犬がドッグフードを食べなくて困る、なんて悩みは所詮はドッグフードが普及したこの数十年ばかりの話であって、その昔、ドッグフードのない時代はどの犬も自然な素材ばかり(もちろんその質にはいろいろあるが)を口にしていた。その頃の栄養価に比べるとドッグフードの普及により犬の栄養状態は格段に良くなったわけだが、その普及の一方でドッグフードだけが犬のフードではないということを忘れてはいないか、とドッグフード嫌いの犬に会う度になんだか犬に問いかけられているような気がする。

栄養満点だけど好きでもないドッグフードを一生食べさせられるのと、少々栄養に偏りがあっても好きな食材を食べ続けるのと、どちらが幸せなのかというと、たぶん飼い主の責任としては前者であるし、しかし犬としては後者だろう。

もちろん一番いいのは犬が好む食材を使って作った栄養バランスのとれた食餌であることは明確であるし、しかしそれに至るまでの勉強と試行錯誤を考えたら手作り食は誰にでもおすすめできるものではないが、犬の食餌について「犬にはドッグフード」という固定観念を捨て、もう少し犬に時間を割きアプローチの仕方を変えてみてもよいのではないかと思う。

(本記事はdog actuallyにて2015年4月28日に初出したものをそのまま公開しています)