犬の熱中症対策:車への置き去りNGに加えて知っておきたい大切なこと

文:尾形聡子


[photo by allen watkin]

毎年気温が上がってくると注意喚起され始める犬の熱中症。車内への置き去りや締め切った狭い室内での急激な温度上昇は、私たちが想像するよりもはるかに犬の体に短時間で悪影響を及ぼします。地球温暖化によりこれまでよりも世界的に気温が上昇している昨今、熱中症による人の死亡率は2050年までに3倍になると予測されており、その危険性は犬においても高まっていくはずです。

先日のサニーカミヤさんの記事「ペットの熱中症:炎天下の車内に置き去りにされたペットの救出方法」では、危機的状況に置かれたペットを車内から救出する方法を具体的に教えてくださるものでした。すでに皆さんご存知のことも多いかもしれませんが、ここで改めて、熱中症はどのような犬にリスクが高く、どのような状況で起こりやすいのか、イギリスのノッティンガム・トレント大学から昨年報告された3つの研究を紹介したいと思います。

ペットの熱中症:炎天下の車内に置き去りにされたペットの救出方法
文:サニーカミヤ 先日、世田谷区役所で行われたペット関係のイベントで、ペット保険の営業の方とお話した際、東京都世田谷区は、犬、猫、小動物などのほ乳…【続きを読む】

どのような犬が熱中症にかかりやすいのか?

研究者らはVetCompassTMプログラムを利用し、2016年にイギリスの動物病院で一次診療を受けた約90万頭の犬の匿名化されたカルテデータから、暑さに関連する臨床症状(暑さや運動に関係なく見せる継続的なパンティング、別の病因によらない崩れ込み、ぐったりとした状態、など)を見せた1,222頭のデータを抽出しました。

そのうち熱中症と特定されたのは390頭395件で、発症率は0.04%となっていました。熱中症は2月、10月、12月以外の月に発症が確認され、中でも7月が最も多くなっていました。また、発症ケース395件のうち56件が死亡しており、致死率は14.18%でした。性差、不妊化手術の有無による有意差は見られませんでした。

有意に発症率が高かった9犬種は、高い方から、チャウ・チャウ(0.5%)、ついでブルドッグ(0.42%)、フレンチ・ブルドッグ(0.18%)、ボルドー・マスティフ(0.17%)、グレイハウンド(0.15%)、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、パグ、ゴールデン・レトリーバー、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルでした。熱中症になりやすいことで知られる短頭種の発症リスクは、中頭・長頭種と比べ2.1倍であることが示されました。

犬種以外のリスク要因としては、犬種・性別における平均よりも体重が重い、体重が50キロを超える個体、6〜8歳または12歳以上であることが同定されました。中でも、50キロを超える犬は10キロ未満の犬に比べて3.42倍の発症リスクとなっていました。

ちなみにこの研究において、ゴールデンがラブラドールの2.67倍の発症リスクとなっていたことについて、研究者らは被毛の厚さが関係しているかもしれないと考察しています。チャウチャウが群を抜いて発症リスクが高かったのも同様に被毛による影響が考えられるとしながらも、サンプル数が小さかったため一般的であるというには注意が必要だといっています。

もう一点、長頭種で肥満とは無縁なグレイハウンドの発症率が高かったことについては、運動後に体温が高くなるリスクである除脂肪体重(脂肪以外の筋肉や骨、内臓などの重さ)が多い傾向が、運動後の高体温症のリスクを高めることと関連しているのかもしれないと考察しています。しかし、グレイハウンドのかかりやすい心疾患や呼吸障害が熱中症リスクを増加している可能性もあり、さらなる研究が必要だとしています。

熱中症のリスク要因のまとめ
・体重が50キロ以上
・短頭種(10キロ以上)
・肥満
・高齢

車中置き去りによる熱ストレスは一年中受ける可能性が!

イギリスでの犬の輸送におけるガイドラインでは、周囲温度を15〜24度の間に設定することが示されているそうです。犬は幅広い気温に耐えうる動物ではありますが、犬種や被毛の状態、体調などによって推奨される温度に差があります。たとえばグレイハウンドでは16〜24度、イヌイットのそり犬では-25〜10度と大きく幅があります。

一般的には温度の下限は15〜20度、上限は30〜35度といわれているようですが、短頭種においては21〜22度あたりの温度でも過加熱となる恐れがあります。犬は暑くなればパンティングをして体温を下げようとしますが、それも温度と湿度が上がれば効果がなくなり体から熱を発散することができなくなっていきます。密閉された空間となる車中では、よりいっそう熱交換をしにくい状況になる可能性が高いのです。

そこで、ノッティンガム・トレント大学の研究者らは車中の温度が犬にもたらす影響を調べるために、24時間15分間隔で窓を閉めて駐車している4台の車内温度の計測を2年間にわたって続けました。

すると、車内温度は1年間で-7.4〜54.5度の範囲を示し、4〜9月にかけては犬の熱中症リスク温度である35度以上をゆうに超えており、5〜7月でも1日の3分の1の時間で35度以上となっていました。また、温度のピークは14〜17時の間でした。

この結果を受けて研究者らは、いまだに犬を車中に残しておく人が後を絶たないことに警鐘を鳴らすと共に、車中は夏ばかりでなくある意味一年中(寒い時期でも午後の遅めの時間帯であれば)熱中症のリスクが潜在していることを示唆するといいます。また、家庭犬が家庭の車に乗る場合だけでなく、輸送車で犬を運搬する際の危険性、とくに古い車やトラックでの長距離移動における内部温度の上昇についてしっかり把握し、対応すべきだとしています。

この研究が行われたノッティンガムは北緯53度で北海道の北端よりさらに北に位置していますが、意外と温暖な気候のようです。1年で一番暑い7月の最高気温が21度、一番寒い2月の最低気温が2度(weather sparkより)と、一年を通してかなり過ごしやすい(暑すぎない)といえるでしょう。そのような場所での計測値でさえ、4月からすでに車中が35度以上を超えるという結果となっていたのですから、日本のほとんどはノッティンガムよりも暑く、さらに湿度が高いことを考えると、よりいっそう車中への置き去りは通年で注意すべき事柄なのではないかと思います。

冬だからといって油断は禁物!
午後遅めの時間帯ならば、一年中熱中症になる可能性がある


[photo by J. Triepke]

熱中症になりやすいのはどのような状況か?

最後に紹介する同大学の研究では、犬が熱中症になる一般的なきっかけを調べるため、最初に紹介した研究と同様にVetCompassTMプログラムで収集した2016年のデータを利用しました。約90万頭の犬のカルテデータから、暑さに関連する臨床症状(暑さや運動に関係なく見せる継続的なパンティング、別の病因によらない崩れ込み、ぐったりとした状態、など)を見せた1,222頭、1,259件のデータを解析しました(そのうち熱中症と特定されたのは390頭395件)。

すると、熱中症症状の誘因として最も多かったのは「運動」で、全体の74.2%を占め、そのうち67.5%が暑さの中を散歩した後、17.6%がランニングなど強度のアクティビティを行った後、13.8%が遊びの後、1.1%が競技会の後に発症していました。それに続き「環境(暑い日に外にいたが運動をしていなかった場合)」が12.9%、「車内への置き去り」が5.2%、「獣医やグルーミング中」が4.6%、「建物内への置き去り」が2.7%となっていました。

ここでも犬種による罹りやすさの比較がされており、ラブラドールを基準とした「運動」による発症リスクが2倍以上だったのは、チャウ・チャウで7倍、ブルドッグ3.73倍、フレンチ・ブルドッグ2.96倍、グレイハウンドは2.11倍でした。

「車内への置き去り」において、ラブラドールの5倍以上のリスクがあったのは、ブルドッグが16.63倍、グレイハウンド9.59倍、キャバリア・キングチャールズ・スパニエル8.52倍、フレンチ・ブルドッ6.7倍、パグ6.29倍、シベリアン・ハスキー6.1倍、ポメラニアン5.31倍でした。

運動をきっかけとした熱中症はオスや年齢の若い犬ほど発症リスクが高いことが示されました。また、高齢の犬や短頭種の犬は暑い日に外に座っているだけで熱中症を発症するリスクが高まっていた結果となりました。

これらのことより研究者らは、犬の安全を守るためには、犬が熱中症で死亡するのは暑い車の中だけではないこと、暑い時間帯は散歩だけでなくその場にいるだけでも致命的になる可能性があることをより強調して周知していく必要があると述べていました。

まとめ
・車内への置き去りよりも運動の方がより多くの犬に影響を与えていた
・若いオス犬は運動による熱中症リスクが高かった
・高齢や短頭種の犬は環境による熱中症リスクが高かった
・死亡率は運動と車内への置き去りと同等だった


[photo by hannah k]

車内への置き去りはもちろんダメですが、それ以上に散歩後の発症が大多数であったことも研究で示されていました。これは、ノッティンガムよりも暑い夏となる日本に暮らす私たちにとって、注目すべきデータであると思います。朝晩の涼しい時間帯に散歩することの重要性をもっと意識しなくてはならないでしょう。

また今回、小型犬は大型犬よりも熱中症リスクが低いことが示されましたが、小型犬は地面からの熱の照り返しを受けやすいため油断は禁物です。暑くても少しだけなら大丈夫、という考えは犬たちの命を守る上では通用しないのです。

加齢による熱中症リスクの上昇は生き物としてあらがえないことではありますが、ブリーダーは犬種として呼吸機能に問題が起こらないような繁殖を心がけることが大切だと思いますし、飼い主としては適切な体重を維持することが大切です。地球温暖化の影響により犬の熱中症が増加していかないよう、犬たちの生命の安全を守るために飼い主一人一人がよりしっかりと暑さに対しての意識を持ちたいものですね。

【参考文献】

Incidence and risk factors for heat-related illness (heatstroke) in UK dogs under primary veterinary care in 2016. Scientific Reports 2020, 10, 9128.

Drugs, dogs, and driving: the potential for year-round thermal stress in UK vehicles. Open Veterinary Journal, (2020), Vol. 10(2): 216–225

Dogs Don’t Die Just in Hot Cars—Exertional Heat-Related Illness (Heatstroke) Is a Greater Threat to UK Dogs. Animals 2020, 10(8), 1324.

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