競技会と愛犬へのプレッシャー

文と写真:藤田りか子

突然、アシカがノーズワークの競技会でにおいを探せなくなってしまった。これまで競技会に出る度ににおいを全て探知し、「満点なんて当たり前」の喜びを謳歌していた我々だった。昨年の春から夏にかけて、NW1(ノービスクラス)の3試合をストレートでクリア、次のレベルのNW2も2試合連続の満点。さて、あともう1試合完璧なサーチをこなせば最上レベルのNW3にアップグレードされるはずだった。だが…!

まずエクステリア・サーチで偽インディケーションを行った。間違った隠し場所を告知すると、セカンドチャンスはなくそこでそのサーチはおしまいとなる。その後のインテリア・サーチにおいても時間内に一つも探せず。こんなに調子の悪いパフォーマンスは初めてだ。私はショックとがっかりのどん底。その日試合を途中で放棄した。

ノーズワークは「勝ち負けに関係なく、あくまでも犬と人が共に楽しむためのファン・アクティビティ!」などとセミナーで偉そうなことを言っていたわりには、この日だけはどうしても自分のモットーに従うことができず。これ以上ネガティブな経験をしたら、さらに自信を喪失してアシカに悪いオーラを与えそうだ。スポーツマンらしくないが「私の精神的うつわの大きさはこの程度」と素直に自分を受け入れることにした。ちなみにラッコとはいくつも負け試合を経験してきたが、その時は「あくまで楽しく!」を守り最後まで試合をこなしてきた、と一応言い訳をしておこう。

当然のことながら「なぜなのだろう?」としばらく分析を行った。

考えられたのは、試合会場にいくまでの道のりで、いっしょについてきてくれたカッレとうっかり車の中で些細なことで言い争いをしてしまったことだ。友人たちは口々に

「あなたが声をあげる度に、アシカは自分が言われているのかと思ってビリビリしちゃったんじゃないの?アシカなら影響受けるわよ」

夫婦喧嘩はラブラドールすら食わない」というブログで以前書いたが、犬は家族の不協和音を敏感に感じ取る。さらに尾形さんのブログ「犬は人の感情を嗅ぎとり、その感情に影響されている」でも述べられているように、人のストレスや恐怖を「嗅ぎとる」能力を持つ。

というわけで次の試合にカッレが同行したときは、私は朝からニコニコしながらお弁当などを用意して車に乗った。そしてたとえ皮肉を言いたくなったり、以前腹が立ったことなどを思い出してたりしても一切口をつぐみ、始終穏やかに車中を過ごした。が、それでもアシカは満点に至らず、8つのハイド(隠し場所)中、3つを逃した。そして2週間後の試合も結果はほぼ同じ。快進撃で連戦連勝をしたあのアシカはどこに行ってしまったんだろう?

アシカはにおいを感じると、ピタリと止まりインディケーション(告知)を行う。にもかかわらず、ある日それが上手にできなくなってしまったのだ。

「それねぇ、私にも覚えがある。若くてなんでもスイスイこなすから、ついこちらも過剰に期待をかけてしまうのよね」

と20年来のインストラクター歴を持つ友人のJさんが話してくれた。Jさんはかつてとても優秀なマリノアを飼っていて、オビディエンスで競っていたそうだ。それこそアシカのようにスイスイと試合を勝ち進んだ。そしてスウェーデンチャンピオンシップ出場資格があともう少しで取れるというところで、ある日突然そのマリノアはパフォーマンスを中断してしまった。「前進!」という号令をかけたとたん、前進はしたものの、そのまま会場を付き抜け駐車場へ走りだしていってしまった。そしてバックドアを開けたままにしていたJさんの車に飛び乗り、決してそこから出てこようとはしなかったという。

「私はその時、この子にどういうプレッシャーをかけていたかはっと気がつきました。犬はもうやりたくない、と悲鳴をあげていたのですね」

競技会にのめり込む人の間で、このパターンを経験するのは決して珍しくないとJさん。試合に出ていた最初の頃は、人も犬も楽しくパフォーマンスをする。犬が優秀であるために、毎回勝てる。これは面白いと、どんどん競技会に出場し、勝ち進む。同時に人間にだんだん欲がでてきてしまうのだ。その欲は次第にハンドラーにとってのプレッシャーとなる。そしてそのプレッシャーを犬は確実に嗅ぎとる。

それはまさに私とアシカの状態にもあてはまっていた。最初の頃は余裕で競技会にでていたものだ。私の場合は「勝てばもうけもの!」ぐらいの気持ちだった。ところがあと一回勝ちとればNW3に進めるという「最後の試合」を前にし、突然「欲」が自分の心を支配しはじめたのだ。おまけに友人たちからも盛んに

「あと1つだね!次の試合でNW3ね、あなた!」

などやはりプレッシャーをかけられていた。いや、友人たちは善意で言ってくれたはずだが。

ノーズワークの競技会より。制限時間との戦い。ハラハラドキドキ。ただしハンドラーはクールで落ち着いていなければならない。 

Jさんは愛犬マリノアのその状態を見て、しばらく競技世界から身を引くことを決心したそうだ。私もかっこよくそうすればよかったものの、すでに試合をいくつか申し込んでいてお金も払っていた。けち根性が働き

「練習のつもりで出よう」

と2ヶ月後にはまた競技会会場にのりこんでいた。きっとすぐ負けるだろうから駐車料金も二時間分ぐらいしか払わなかった。そして、どうせ今回はそんなにシリアスにやらなくてもいいから、といつも競技会の時に使っているハーネスをつけず練習の時と同じ首輪でサーチに挑んだ。

そして結果。なんとアシカは全問正解の満点を取ったのだ。8ハイド中きちんと8個見つけた。憧れのNW3という一番上のクラスに昇格。おまけに審査員から「エクセレント・コラボレーション・ペア(協調の良いペア)」という賞ももらった。同時に来年開催される「スウェーデン・ノーズワーク・チャンピオンシップ」の出場資格が自動的に与えられた。はからずともその日は私の誕生日でもあったのだが。

何も期待していなかった。アシカとただサーチを楽しく行った。そうしたら、アシカはまたいつものアシカ通り素晴らしく力を発揮してくれたのだ。どんなにハンドラーの精神状態が犬に影響を与えているのか、こんなに勉強させてもらったことは未だかつてないだろう。