保護施設はドッグ・トレーナーのパラダイス!

文と写真:藤田りか子

「箱のそばにあるトリーツが取りたいのだけど、怖いなぁ!どうしよう….」

そこでノーズワークの講師のバルブロ・リーデンさんはトリーツを少し動かしてみた。
「動いているものなら、興味があるよ!そっちへ行ってとってみようかな!」

きっと保護されるまでは、人に接するということがほとんどなかったのだろう。野犬のお母さんの元で生まれて、そのまま保護施設に引き取られたのにちがいない。その白い若犬は、みたこともない箱箱が床に並べられている光景に少し面食らってしまった。箱の中にはトリーツがある。人間の意図としては、箱からそれを見つけてもらうことで犬たちに楽しい嗅覚遊びを提供したつもりであった。でも、用心深い若犬は

「もしかして箱は襲ってくるかもしれない。だから恐ろしくて側によることもできないよ!」

そんな若犬の頼りげなさをすぐに察したトレーナーのバルブロ・リーデンさんは、トリーツを代わりに箱の外に落としてみた。これなら、箱に顔を近づける必要もない。それでも若犬は怖がった。今度は箱からさらに離れたところにトリーツをぽとりと落としてみた。落とした時に動いたトリーツに興味をもち、若犬はようやく箱のそばに向かって一歩を踏み出した。

ここは広島県神石高原町にある保護犬の施設、ピースワンコ・ジャパンが十月から開校をしたピースワンコPRODOGスクール。いわば、トレーナーを作るための養成学校である。私は先日同学校にて、スウェーデンから二人の講師を伴い授業を行う機会に恵まれた。その講義実習の一つが「ノーズワーク」という科目。嗅覚を使い特定のにおいを探し出す、というアメリカ生まれの比較的新しいドッグスポーツだ。こんな実習の際は、生徒さんたちは施設の犬を伴ってトレーニングを行う。収容されている犬たちの数は約550頭。どんな犬を選ぶか、そのチョイスはほとんど無限大。ただし多くの犬たちは野犬出身であるがため、「人間の環境」にあまり慣れていない。だから、冒頭に記したように、一つ一つのことに用心深さを見せる犬たちがほとんど。譲渡可能となるために、たくさんの環境馴致トレーニングを受ける必要がある。このような実習の機会にかり出されるというのは、施設の犬たちにとって願ってもない最高の環境トレーニングとなる。

そして同時にこれはトレーナーを目指すというPRODOGスクールの生徒さんたちにとっても、素晴らしいトレーニング・チャンスでもある。環境を怖がる犬をどうやって馴致させるか、どのようにハンドリングするか!?そもそもどのように褒めるべきなのか?大きな声を出して褒めると怖がらせてしまうことだってある。おもちゃで遊んだこともない犬だっているのだ。どうやって遊びを覚えさせるというのだろう…!? 実は、今回スウェーデンからやってきた二人の講師、エヴァ・ボッドフェルトさん、そして冒頭で紹介したバルブロ・リーデンさんも元野犬という犬は今までにトレーニングをしたことがなかったそうだ(スウェーデンには野犬がいないからだ)。それでも二人とも「怖がる」行動を上手に対処できたのは、インストラクターとしての三十年のキャリアで、家庭犬の中でも「怖がる」という問題犬を多く扱ってきたおかげ、と話してくれた。ということは、逆に今後トレーナーになるという人は施設の保護犬を実習犬として使うことで、将来クライアントとして出会うかもしれない「怖がり犬」の対処法をすでにここで学べるということでもある。

湘南T-SITE。「犬と一緒にワンダフルDAY! 秋」のイベントで行われたノーズワークのお試し講習会から。写真:史嶋桂

先週の土曜日、湘南T-SITEで行われた秋のイベントにて、実は私自身がノーズワークの講師を務めさせていただいた。その時に参加した犬たちはいずれも長年の家庭犬なので(ただし野犬出身で家庭犬として見事に人間社会への適応を果たした犬もいた。神石出身だ!)、並べられた箱を見ても恐ろしがって近づけないということはなかった。いや、好奇心が強い犬は大胆にも初めから箱に顔を突っ込んでいったほどだ。野犬出身の保護犬では必ずしもすべての犬について、こうはいかない。自分が顔を入れたために箱が動いた、というそれだけで「ヒャぁ、怖い!」とすぐに後ずさりしてしまう犬もいる。だから、それに比べると、湘南でのノーズワークのトレーニングはなんて簡単だったんだろう!と思えた。そして、人になれない保護犬を使ってのトレーニングを積んできた人も、将来家庭犬を相手として仕事をする段になって、私と同じ感想を持つに違いない。これ、大事だ。練習の時にむずかしい問題を解いていれば、本番の時になって簡単に思える。すなわち自信が培われる!

トレーナーとしてのさらなる腕を磨きたいと思う人は、是非とも保護施設に出向いて、トレーニング・ボランティアを行うべきだと思うのだ。子犬もいれば、思春期、老齢の犬もいる。ハイパーな犬もいれば、怖がり、攻撃的な犬もいる。小型犬もいれば、中型犬、時には超大型犬もいる。つまり、犬のタイプは選り取りみどり。いろんな犬と付き合い、 コミュニケーションの仕方を学ぶ。そこで一つわかるのは、トレーニング方法には決して方程式はないということ。個体、個体の性格、その背景によって、接し方を次々と変えてゆかねばならない。その中でトレーナーは柔軟性とトレーニングに対する想像力と創造力を磨くことができるだろう。

そう、保護施設はドッグ・トレーナーのパラダイス!これだけ練習材料が揃っているところ、他にどこがあるだろう?

そして多くの施設では人が足りないがために、犬たちへの刺激不足が問題となっている。だからこそ、トレーニングのために外に出してもらえる、というのは施設の犬たちにとっても、素晴らしい環境エンリッチメントになる。

ただし、全くの初心者がトレーナーになりたいがために保護施設の犬を、監視者なしに扱うというのは絶対に勧めない。普通の家庭犬よりも扱いが難しい犬がたくさんいるからだ。その意味でもPRODOGスクールは、先生につきながら保護犬と共に学べるトレーナースクールとして、とてもユニークな存在でもあるだろう。

(本記事はdog actuallyにて2016年10月26日に初出したものを一部修正して公開しています)