文と写真:五十嵐廣幸
「なんでボーダー・コリーのような運動量が多く必要な犬を飼うの?大変でしょ?」
そう聞かれることがある。
私がボーダー・コリーという犬種に興味を持ったのは、昔、オーストラリアに引っ越して間もない頃に手に入れた3頭のヤギがきっかけだ。子ヤギ2頭と母親ヤギ1頭を買い、車で運んで自分の裏庭に放した。牧草と白いヤギたちを見ながらアルプスの少女ハイジみたいだなーと思って微笑んでいたらその3頭はあっという間にフェンスをくぐり、逃げてしまったのだ。
隣の敷地を越えて逃げた先は、東京ドーム500個分近い巨大な農場だった。すぐに探しに出かけたが、だんだんと暗くなったので翌朝また伺いますと家主に頭を下げ、ヤギを心配しながら一夜を過ごした。2日目は朝7時から暗くなるまで一日中探したが、広大すぎる土地では見つけられなかった。
3日目になると家主もバギーに乗り、探すのを手伝ってくれた。夕方までかかりやっと白い3頭を見つけた。私は車を止めてゆっくりとそのヤギに近づいた。家主が運転するバギーからは白と黒の犬が飛び出してきて、ヤギの行方を囲むように塞いでいった。それが私の初めてみたボーダー・コリーの働きだった。その犬の活躍で私のヤギ3頭は無事に裏庭に戻ってきた。
そんなヤギ騒動も笑い話と良い思い出になった6年後、
「何かの縁でオーストラリアに住んでいるんだから、ボーダー・コリーと過ごしてみたい」
そう思って私はボーダーコリーについていろいろ調べ始めた。毎日相当な運動量が必要なことはどこにでも書かれていた。保護施設で今の愛犬と出会ったときにも施設担当者から、
「よーくボーダー・コリーに必要なことをもう一度調べて、じっくり考えて決めなさい」
と言われた。
私はインターネットや本に書かれている文字をたくさん頭に入れて、様々なイメージをした。
- ちゃんと育てられるだろうか?
- 私の具合が悪い時はどうするんだ?
- 私は天気の悪い日でも散歩にいくだろうか?
- 仕事が忙しい日はどうするんだ?
- 犬が生きるこれからの約15年の間、私は彼女の命に対して責任ある行動をとるだろか?
一つ一つ自問自答しながら覚悟を決めた。その覚悟の一つが散歩だ。私の散歩は朝1時間半、夜2時間近く使う。それが愛犬との基本の約束で最低3時間、1回約8~10キロの散歩を楽しむ。彼女は丘を駆け上がり森の中をぶっ飛ばして走り、川で遊びながら熱くなった体を冷やす。カバンからフリスビーを出して遊び、また歩き始める。私自身、土砂降りの雨でも合羽とブーツをガッツリ身につけて気合を入れて雨の中を歩く。体が冷えたり濡れることさえなければ雨の中の散歩は十分楽しい。子どもの頃に傘をさしながら長靴は無敵だと言わんばかりに水たまりで遊んだのと同じだ。
夏のメルボルンは湿度こそ低いが気温が高い日がある。日中40度を超える日は少なくない。私が体験した最高気温は47度だった。暑い日などは太陽が昇る前に散歩をはじめ、海や川などでたくさん水遊びをさせる。犬は日中はエアコンの効いた室内で数時間寝るが2、3時間もすれば起きて
「遊びましょうよ?外に行きましょうかね?」
と私を誘う。外はグラタンを焼いているオーブンのような熱風が吹いているので、室内で頭を使ったゲームなどをして気温が低くなるまで辛抱させるしかない。幸いにもメルボルンの夏は南極方向から吹いてくるクールチェンジと呼ばれる風で一気に気温は18度ぐらいまで下がる。
「よし!散歩に行こう」
そう言うと犬は、待ってました!とばかり喜ぶ。私にとってボーダー・コリーと一緒に過ごすというのは、今の私の人生そのものだ。
「なんでボーダー・コリーのような運動量が多く必要な犬を飼うの?大変でしょ?」
という冒頭の質問に私はいつもこう答える。
「散歩は楽しいよ、大変だとは思わない。犬が走る姿は美しいと感じるし、Sheep Herding(羊追い)も体験できる。彼女はフリスビーだって上手にキャッチするし、ビーチにいけば白波を捕まえようと右へ左へ疾走する。彼女のそんな楽しんでいる姿をみるのは私の幸せなんだ」
犬は、私に様々な楽しみ方を与えてくれている存在なのである。私がボーダー・コリーを選んでなかったら体験できなかったことがいろいろある。犬を通して知り合いになった友人とも出会うことはなかっただろう。彼女と過ごしているからこそ、こんな貴重な経験が出来ているんだと私は思っている。私は犬から幸せをもらっている。そんな尊い存在に対して犬を飼おうと決意した時の約束を破りたくないし、短い犬の命に対して後悔したくないと思っている。
犬との出会いは様々だ。
犬種に限らずあなたの犬はあなたの人生そのものだろう。
犬の毎日の生活にも飼い主や家族の存在が大きいはずだ。
もう一度自分の愛犬が最初に家に来たときのこと、その犬と最初に会ったときの気持ち、それらを思い出してみるのもいいかもしれない。
みなさんが犬を迎え入れるときにした約束はなんですか?
文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
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