問題行動を治すというのは、普通のトレーニングとは大いに異なる。犬が住んでいる環境やライフスタイル、家族と犬との関係をも把握した上で、何が原因になっているのか探ることから始まる。目の前にいる犬の症状を見ただけでは、何も解決しない。
スウェーデンのストックホルムで20年来、問題行動コンサルタントを続けてきたDさんは
「時には、その飼い主のプライベート・ライフの奥まで知らなければならない時がある。けっこう、暗い部分まで聞かされます。できるなら、聞きたくなかった、というような…」
この部分では、人間のカウンセラーとほぼ同じ状況なのかもしれない。
「仕事が終わったら、急いで頭を切り替える必要がある。さもないと、心理的に押しつぶされそうになることもありますね」
「飼い主のプライベート・ライフの奥まで知らなければならない時がある。けっこう、暗い部分まで聞かされます。できるなら、聞きたくなかった、というような…」とはある犬の問題行動カウンセラーの言葉。【Photo by Whity】
同じくスウェーデンのヘルシンボリ在住のRさんという、30年来のベテランのカウンセラーは、犬の問題行動セラピストとして必要な素質についてこう語った。
「犬を読む能力は当然のこと。心理的にかなりタフであることが求められます。私は、昔、交通事故を起こした人々にインタビューをして統計を取る仕事をしたことがあります。つまり何を誤ったから事故に至ってしまったのか、を聞く。たとえば、助手席に座っていた奥さんとのちょっとした言い争いのために、注意力を失いとんでもない大きな事故に巻き込まれてしまったなど。多くの悲しいストーリーがその裏にあります。私は、心理的に強いのでこの仕事を続けることができましたが、同僚の女の子達の中には、話を聞くのがつらすぎて辞めてしまった人が何人かいます」
デンマークの動物行動コンサルタントのRさんは
「この仕事、ほとんどソーシャル・ワーカーみたいなものです」
とも表現した。
「犬の仕事をやっているのかな、と私自身時々疑うこともあります(笑)」
Rさんが恐怖心に由来する攻撃行動をもつある犬をコンサルティングした時のこと。
「最初のコンサルティングはいつも、家庭訪問から始まります。そして、その家族が普段過ごしている状態をまず見てみました。すると、まぁ、さもありなん!という状況。まず、子供に対しても何も枠を設けておらず、一日の中にルーティーンというものがまるで欠けていた。家の中がすでに混沌とした状態だったのですね。お母さん自体も、心理的にすごく情緒不安定。子供においては指導をしてくれる断固とした親がおらず、やはり心がグラグラ。というか、手のつけようがない感じ。これでは、犬が誰も信頼できない状態になるのは当たり前です。まずはこの家族の生活習慣と態度から改めないと、というのが私の最初のストラテジーでした」
朝起きてから就寝するまで何をすべきか。親として子供に何を要求すべきか。一日のスケジュールをはっきりさせ、それをルーティン化させるように指導をした。8時から9時までこれこれをする。仕事が終わったら、これとあれを何時までに行う、等など。そして3ヵ月後…。
「子供が、生き生きしているのがわかりました。お母さんも、ルーティン化とルールという枠組みに慣れてきて、その安定さからくる<心の拠り所>というものを理解し始めました。規則正しい生活の大事さをみんながわかり始めたんです。この状態に至ってはじめて、私は今度は問題行動をもつ彼らの犬の処方に取り掛かりました。この基礎がないと、いくら犬をしつけてもトレーニングしても、無駄。犬はなんといっても、家族に属して生きているんです」
安定した家族の気持ちが、犬に影響するだけでない。家庭の中がルーティン化すれば、犬の生活自体もルーティン化する。すると犬はより次の行動を「予想」しやすくなり、より気持ちを落ち着けることができる。
攻撃として表れる犬の行動は、症状にすぎない。吠える犬を電気ショックで静まらせても、根本的な問題は解決していない。犬の恐怖は未解決のまま心に残っている。その症状には必ず何か原因がある。それを見極める洞察力と飼い主が犬に対してどのように行動をとっているかという観察力が、問題行動コンサルタントとして大事な能力でもありそうだ。知識と経験もさることながら、やはりうまれ持った才能も必要だろう。
「そして、忍耐です!犬に対してではなく、むしろ人間(飼い主)に対して、ですね。いや、世の中には本当にいろんな人がいるもんです。でも、おかげで毎回のコンサルティングが同じということはない。いつも何かを学ぶことができる。それは自分について学ぶことでもあるんですよ」
とRさん。飽くなき好奇心と向学心も忘れてはならないだろう。
(本記事はdog actuallyにて2012年6月20日に初出したものを一部修正して公開しています)
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