文:尾形聡子
【photo from PLoS one】
犬が自分の尻尾を追ってくるくると回り続けるのを、皆さんは見たことがありますか?
私の中では「僕のワンダフル・ライフ」という映画の中に出てくる犬のうちの1頭が、自分の尻尾を追いかけるように回って飼い主の男の子に見せていたのがもっとも記憶に新しいものです。その犬は「自分が尻尾を追ってグルグル回ると飼い主の男の子が喜ぶから」と学習し、彼を遊びに誘うためにグルグルと回っているのだなと私は解釈して観ていました。
しかしそのように遊びの延長線上でグルグルするのではなく、ときに、犬としての正常な行動を逸脱してグルグル回る場合があります。尻尾を追う行為が状況を選ばず日常的に繰り返されるようであれば、それは常同行動のひとつのパターンとも考えられるからです。
尻尾追いは病気かもしれない
たとえば動物園で飼育されているクマなどが、檻の中をひたすら行ったり来たりしている様子を思い浮かべることはできませんか?あのような行動も常同行動のひとつのパターンです。犬の場合には、尻尾を追う行動をしたり、脇腹がはげるまで舐め続けたり、何度も何度も後ろを振り返ったりといった行動が常同行動として見られることがあります。目的もなくこのような動きを絶え間なく繰り返す状態のときには、常同障害と呼ばれる病気であることを疑わなくてはなりません。
常同行動をひき起こす原因はまだ明らかにはなっていませんが、運動不足や精神的刺激不足などからくるストレスといった環境的な要因や、犬種によって現れやすい行動パターンがあるため遺伝的要因も影響していると考えられています。人の強迫性障害と似たようなが神経障害が原因ともいわれ、脇腹吸い(flank sucking)が見られることの多いドーベルマンでは、いくつかの原因となる遺伝子変異が報告されています。また、尻尾追いが多いブルテリアやジャーマン・シェパードなどを対象に調べた研究でも、常同障害には遺伝が関係することを支持する結果が出ています。
このような犬の常同行動ですが、意外にもそれを「常同行動」だと知らない人がいるのです。そのため、そのような犬の行動をむしろ面白がって見ている人がいることを示した研究が『PLoS one』に発表されています。
YouTube上にアップされている犬の尻尾追い動画を解析
イギリスの王立獣医大学の研究者は動画サイトYouTube上にアップされている「犬が尻尾を追う(Tail-chasing)」動画400本を解析しました。動物行動の専門家による映像中の犬の行動解析と、それに対する人間側の対応やコメントについて調べたところ、尻尾を追う行動が毎日または定期的であったり、執拗に追い回しているのをやめさせることができないといった臨床的に問題とされる兆候が400の動画のうちの3分の1に見られたそうです。
さらに映像の55%に笑い声が、43%に犬の尻尾追い行動に対して励ます声が含まれていたそうです。映像にうつっている犬の行動に対するユーザーコメントの46%には「おかしい(funny)」、42%には「かわいい(cute)」と書かれており、犬が尻尾を追う行為と病気とを関連づけていない可能性がある人が多数いることも示されました。
この結果について研究者は、YouTubeというメディア上で犬が尻尾を追う行動を何の先入観もなく簡単に見ることのできる状態は、それを犬の普通の行動とする認識としてさらに広まってしまうことが考えられると危惧しています。
また、尻尾を追う犬の中には獣医師による診察が必要な場合もあるにもかかわらず、診察はおろか、病気と知らない飼い主や友だちなどから行動を助長するような声援を受け、犬のその行動が強化されてしまう環境にある場合も考えられうるとしています。ただし、これらの投稿映像は短時間の診察では見ることができない、尻尾を追う行動が起こる環境や前後関係を明らかにするための手段にもなり得るかもしれないとも考えているそうです。
2年前にアップされて33万回視聴されている犬の常同行動と強迫性障害への理解を広めるためのを啓発映像。英語の字幕がついています。動画の中にもあるように、尻尾追いはブルテリア、ジャーマン・シェパード、そして柴犬に見られやすい常同行動です。
この研究が行われた頃に比べ、スマートフォンの所有率が格段に上がった今ではより簡単に動画を撮れるようになり、それをYouTubeだけでなくさまざまなSNSメディアに載せることもできるようになりました。試しにYouTubeで「Tail-chasing、dog」と検索ワードを入れて調べてみましたが、すごい数の動画がアップされていることが分かりました。動画のタイトルをさっと見ても、「Funny」という文字があちこちから目に飛び込んできます。しかし中には、「どうして犬は尻尾を追うの?」というように、尻尾追いについての啓発映像も含まれていました。
犬の尻尾を追う行動は病気かもしれないという人間側の知識がなければ、それは面白いこととして片付けられてしまい、犬の健康やQOL(生活の質)が損なわれてしまうかもしれません。研究が行われた当時より、少しでも多くの人にこれらの認識が広まっていることを願うばかりです。
(本記事はdog actuallyにて2011年11月24日に初出したものを修正して公開しています)
【参考文献】
【関連記事】
★犬曰くの記事を見逃したくない方へ★
新着記事をお知らせするメールのサービスを開始しております。詳細と登録方法(無料)についてはこちらからどうぞ(↓)