文:北條美紀

[Photo by Eduard Galitsky]
「犬は人類を変えたのでしょうか」。尾形さんの記事「犬は人類の発達環境だったのか?」に出てきたこの問いについて考えていた。この記事では、ヒトと犬との長い共生関係を、進化や共進化だけでなく、「発達環境」という視点で捉え直していた。
「犬は意図的に人を変えようとしているわけでもなく、何かを教えようとしているわけでもありません。けれども、犬がいることで人の行動が変わり、その結果として見える景色や経験が変わることがあります」、「環境とは、本来そういうものなのかもしれない、私たちを直接変えるのではなく、私たちが世界と関わる仕方を少しずつ変えていくもの。そんなふうに思うのです」
この文章を読んで、「アフォーダンスaffordance」という言葉を思い出した。と同時に、犬がヒトを変えると言われても私は犬を飼ったことがないし、皆さんほど犬に強い関心を持っているわけでもない。犬を飼うことに責任感や覚悟を持つことは今後もなさそうだ。そんな私にとってでも、犬は発達環境となり得るのだろうか。
それでも、犬の存在は私に何かを起こした
非常に個人的で限定的な話になってしまい恐縮だが、犬経験の少ない私の経験を振り返ると、犬を発達環境として考えるとはどういうことなのかをちょっと違う切り口から見ることができそうだ。
私にとっての犬は、

