文:尾形聡子

[photo by Gabriel] 犬の鼻の下に見られる正中の溝(人中)。左右の組織が体の中央で融合した名残である。
犬の顔は、最初から完成した形で生まれてくるわけではありません。母体の中で、左右それぞれから伸びてきた組織が、体の中央で正確に出会い、融合することで、鼻や口、上顎といった構造が形づくられていきます。
この「体の中央」を示す線のことを、発生学では正中線と呼びます。正中線は、左右を分ける境界であると同時に、左右をつなぎ合わせるための基準線でもあります。
たとえば、人では鼻の下から上唇の間に縦にくぼんだすじがあります。これは、人では「人中(じんちゅう)」と呼ばれる部分で、犬にも同様に存在し、鼻の真ん中あたりから上唇にかけて細い溝が通っています。
人中は、左右それぞれから伸びてきた組織が、体の中央で融合した跡です。普段は気にも留めない線ですが、顔がどのように形づくられてきたのかを示す、発生の痕跡でもあります。もしこの正中線の融合が、鼻の部分でうまく起こらなかったとしたら、どうなるでしょうか。その結果として現れる形のひとつが、犬の二分鼻(bifid nose)です。

