ジャーマン・シェパードの遺伝的多様性は、いつどのようにして失われていったのか

文:尾形聡子


[photo by Chris]

遺伝的多様性を保つことは、病気や環境の変化への抵抗力を高め、その生物あるいは生態系全体の健全性を支えるうえでとても重要です。しかし、現存する多くの犬種は、遺伝子レベルで見るとすでに危機的な状態にあることが複数の研究から示されています(「ほとんどの犬種は遺伝的に危機的状態?近親交配に関する大規模研究より」参照)。

とはいえ、遺伝的多様性の低下の度合いは犬種によって大きく異なり、命を脅かすような遺伝病のリスクも犬種ごとにまったく違います。遺伝的に特に厳しい状況にあったブルドッグやキャバリアでは、ついにノルウェーで繁殖が禁止されるという判断が下されました(「ノルウェーのブルドッグ&キャバリア繁殖違法の判決、北欧からの反応とその実情」参照)。これは、これらの犬種の内部で遺伝的多様性が著しく失われ、もはや健全な繁殖が維持できないと判断された結果でもあります。

犬たちは「家畜化の過程」と、19世紀以降に進んだ「犬種作出」という二度の大きなボトルネックを経験してきました。特に後者の「犬種作出」のイベントによる影響は大きく、どの犬種も少なからず遺伝的多様性を失ってきています。ただし、どの段階でどれほど多様性を失い、どのような遺伝的荷重(その集団に不利となる遺伝的変異)が積み重なってきたのかは、犬種ごとに大きく異なります。

 たとえば、以前紹介したキャバリアでは、マズルの長さの流行の変化、第二次世界大戦による頭数の激減、有害な遺伝子変異の蓄積などが重なった結果として、現在の深刻な遺伝的状況につながったと考えられています(「犬種の作出がもたらした弊害〜キャバリアにのしかかる有害な遺伝子変異」参照)。

 このように、犬種が辿ってきた道のりはそれぞれですが、実際に「どのような要因が、いつ、どの程度」遺伝的多様性を削っていったのかは、これまでほとんどわかっていませんでした。過去に遡って遺伝的状態を調べる手法が限られていたためです。

その難題に挑んだのが、今回紹介するドイツ、イギリス、アメリカ、スイスの国際研究チームによる研究です。研究者らは、歴史標本が比較的多く残されているジャーマン・シェパードに着目し、1906年から現在までの1世紀以上にわたる標本を対象にゲノム解析を実施しました。さらに、中世リトアニアの犬、現代の純血種、雑種、オオカミ、コヨーテなど多様な比較データも加え、ジャーマン・シェパードが20世紀の激動の中で「いつ・どのようにして」遺伝的多様性を失っていったのかを明らかにしようとしました。

どのようにして120年の遺伝史をたどったのか

今回の研究がユニークなのは、過去100年以上のジャーマン・シェパード(以下、GSD)の遺伝的状態を直接たどった点にあります。研究チームはまず、

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