文:尾形聡子

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前回の記事、「子犬時代の逆境体験がもたらす、こわがり気質や攻撃行動への影響」では、一般の家庭犬においても子犬時代に経験した逆境が、成犬になったときの怖がりな性格や攻撃的な行動を強める要因となることを紹介しました。さらに犬種によって逆境から受ける影響には違いがあったことから、遺伝的な要因が関与している可能性も示唆されました。
つまり、犬の性格や行動には「遺伝」「環境」そして「それらの相互作用」によって形成されることがあらためて示された研究であり、その相互作用は「遺伝子環境相互作用」と呼ばれています。遺伝子環境相互作用のところに位置するメカニズムが「エピジェネティクス」です。
エピジェネティクスは内的環境を柔軟に適応させる
エピジェネティクスとは、DNAの配列そのものを変えずに遺伝子の働き方を環境に応じて調整する仕組みです。進化や適応、個体の発生、病気の発症などさまざまな生物の生命現象に関わっています。エピジェネティクスの働きは主に「DNAのメチル化」と「ヒストンのアセチル化などの装飾」によって調節されていて、それぞれが遺伝子発現の抑制と促進の役目を担っています。
これらのエピジェネティックな修飾は時間的なスケールの違いなどから、比較的短期的で可逆性のあるもの(例:ストレスにさらされたあとに短期的に反応を制御)、発生段階に形成され長く安定するもの(例:X染色体の不活性化やゲノムインプリンティング)、一部の生物においては世代を超えて伝えられるもの(例:親のストレスによって変化したエピジェネティックな修飾パターンがそのまま子へと受け継がれ、その子が親と同じようなストレス応答反応をする)の大きく3つに分類されます。
もちろん性格には個体の性格や行動を調整する働きを持つ遺伝子や神経伝達物質、ホルモン、それらの受容体などのゲノムの違いにより(一塩基多型など)性格形成に影響を及ぼしますが、エピジェネティックな変化がそのような遺伝子に起これば、塩基配列の変化がなくても働きが変化することで、個性も変化していくと考えられています。
その個体の遺伝情報がのっているゲノムは完全に変化しないわけではありませんが、ゲノムを安定に保つため、二重らせん構造やクロマチン構造などさまざまなメカニズムを持っています。ゲノムの安定性は生物がその生物として命を維持していくために不可欠な性質ではあるものの、適度な変化(不安定性)も適応進化していくためには重要です。
ですが、ゲノムが変化するには時間がかかり、短期的な変化が求められることがあります。それを請け負い、柔軟に内的な適応変化に対応していくメカニズムがエピジェネティクスであり、まさに、外部からの影響を受けてしなやかに内部環境を変化させる架け橋のような存在でもあるのです。ゲノムの安定性とエピジェネティクスの動的な働きが、生物のホメオスタシス(恒常性)を支えているとも言えるでしょう。
これまでエピジェネティクスが犬の性格や進化に及ぼす影響について書いた記事がありますので、もっと詳しく知りたい方は以下の記事も参考にしてください。
このように、生物はエピジェネティックな変化をもって遺伝子の働きを体の内側から変化させ、ホメオスタシスを保っていますが、一方で、精神面・社会性の保持や回復をして安定をもたらすための力があります。レジリエンスと呼ばれる

