子犬時代の逆境体験がもたらす、こわがり気質や攻撃行動への影響

文:尾形聡子


[photo by Mia Anderson]

子どものころに負った心の傷はおとなになっても簡単には癒えない…

多くの人が耳にしたことがあるでしょう。家庭での心身への虐待やネグレクト、親の依存症、家庭内不和、貧困、いじめ、天災などの逆境体験は、人間の心身に長く影を落とすことが知られています。不安や抑うつ、反社会的行動との関連も数多く報告されていますが、こうした過去の心の痛みが長期間にわたって残るのは、人だけではありません。

一方で、犬は人とともに暮らすことを選んだ動物です。今や「家族の一員」として多くの家庭に迎えられていますが、それは同時に、犬もまた人間社会特有の「人為的な逆境」にさらされる可能性があるということでもあります。飼い主からの虐待、ネグレクト、緊張に満ちた家庭内の人間関係、そして飼育放棄。残念ながら、こうした現実はいまも世界各地で後を絶ちません。ここで言う「逆境」とは、犬が本来もつ社会的・情動的安定を損なうような体験、すなわち身体的・心理的な虐待、過度な孤立、慢性的なストレス環境などを指します。

犬の攻撃性や、強い恐怖に起因する攻撃行動は、飼育放棄の大きな理由のひとつです。ときには、人と犬との関係そのものを断たざるを得ない事態にまで発展することもあります。もちろん攻撃性は犬が生きるうえで欠かせない性質ですが(詳しくは藤田りか子さんの「犬の攻撃性について」や「咬む犬のきもち:猟欲 vs 恐怖による攻撃行動、その感情の違いについて」を参照)、問題となるのはその強度です。そして、攻撃性の高さや恐怖の強さには、生育環境の影響が大きいことがこれまでの研究で明らかにされています。

社会化期(生後2.5週齢くらいから12〜14週齢くらいまで)の過ごし方が性格形成に及ぼす影響については、すでに飼い主の方の多くがご存じだと思いますが、それはすなわち、犬も子犬のころの経験が長期的に性格や行動に影響を及ぼすということでもあります。たとえば、パピーミルのような劣悪な環境で育った犬が成犬になっても不安や恐怖を感じやすいこと、あるいは幼少期の強いストレスがDNAメチル化パターンを変化させ、ストレス反応や愛着スタイルに影響を及ぼすことなど、こうした知見はすでに蓄積されています。また、母犬がストレスにさらされることで、子犬の発達にも影響が及ぶことも報告されています。

ですが、このような研究の多くはパピーミルなどの極端に悪い環境で育ったり、ひどい虐待やネグレクトを受けた経験がある保護犬などを対象としたもので、一般の家庭犬について調査した研究は十分に行われていませんでした。ごく普通の家庭犬

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