子犬時代の劣悪な生活経験は、遺伝子環境相互作用により行動・性格、愛着スタイルを変化させる

文:尾形聡子


[photo by Rostyle]

生物のさまざまな生命現象に関わりを持つメカニズム、エピジェネティクス。エピジェネティクスとは「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域(ウィキペディアより)」のことで、簡単に言えば「遺伝子からタンパク質を、いつ、どこで、どのくらい作るか」を調整するメカニズムです。iPS細胞やクローン動物など細胞の分化や発生に非常に重要な役割を持つだけでなく、がんや遺伝病などの病気進化寿命、X染色体の不活性化、ゲノムインプリンティング、性格・行動特性にまで、現在わかっているだけでも広範にわたります。

エピジェネティクスは個体の性格や行動に影響を及ぼすことが知られている3つの要因、「遺伝」「環境」「遺伝子環境相互作用」のうちの遺伝子環境相互作用のところに位置しています。遺伝子環境相互作用とはその名のとおり、遺伝子と環境がお互いに影響しあって形質に何らかの影響が及ぶ現象です。エピジェネティクスは遺伝と環境の両者をつなぐ架け橋のような存在であり、可逆的に変化することができるのが、遺伝子(ゲノム)とは大きく異なるところです。

遺伝子環境相互作用(エピジェネティクス)による遺伝子発現の変化が気質に関係してくる遺伝子に及ぶと、その程度により、個体の性格や行動としてあらわれてくることになります。もちろん、気質に関係している遺伝子そのものに変異があれば、それに応じて気質の傾向が変わってくることもあります。

たとえば、幸せホルモンとして知られるオキシトシンが働くためには、オキシトシン専用の受容体が必要になるのですが、その受容体遺伝子のゲノム配列のわずかな差によってオキシトシンの働きの強弱が生ずることがあります。特定のオキシトシン受容体の配列を持つ犬は、人とよりコンタクトを取る、コミュニケーション能力が高い傾向にあることがこれまでの研究により示されています(「人と一緒に何かしたい!コンタクト欲の違いはオキシトシン感受性の違い」参照)。

一方、母胎にいるときから(母犬の栄養状態も環境要因として胎児に影響)生後の幼少期の環境が、犬の性格形成に影響を及ぼす場合があります。皆さんがよくご存知の子犬の社会化期はまさにそれに当たりますし、犬を迎える前の生活環境がブリーダー宅なのか、あるいは専用犬舎なのかによる影響もあります(「ブリーダー宅での生活環境の違いが与える、子犬の気質への影響」参照)。

また、子犬期に大規模商業繁殖施設(パピーミル)やアニマルホーディングのようなストレスフルな逆境で育った犬は、そのときの悪影響が成犬になったときの社会的行動(攻撃性や恐怖など)を抱えたり、飼い主への愛着のスタイルに永続的に及ぶ可能性も示されています。アメリカのネブラスカ大学の研究チームによるこの研究は「子犬期の生育環境から受けた影響は、成犬になっても続いている」にて紹介していますが、そこで、子犬時代の逆境での生活が

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