文:尾形聡子
[photo by Smile]
「犬には人の本質を見抜く能力がある」
そんな話を耳にしたことはありませんか?犬好きの皆さんであれば、「犬に好かれるんだからこの人いい人なんだな」というような感覚を抱いたことのある方も多いのではないでしょうか。
そう感じるのは、犬とは会話ができなくても、意思疎通をはかることができたり、協力して何かをすることができるなど、犬には人間社会の中で一緒に暮らしていける社会性や協調性が備わっていることが大きな理由でしょう。けれども、私たちが人間関係の中で、いい人かどうかを判断するような方法で、犬も人間をみているのでしょうか。
社会性を持つ動物に必要な「相手を見極める力」
人に限らず社会性を持つ動物においては、同種の相手と協力することで利益を得ることがあります。そのためには協力相手がどんな人か(動物においてはどんな個体か)を見極められることが有利に働きます。そのような社会的評価をするためには相手と直接やりとりをするか、あるいは他の人(動物)がその相手とやりとりをしているのを観察する方法とがあります。後者の観察する方法はコストがかからないものの、より高度な認知能力が必要となります。
人類史上で最初に家畜化された犬は、長い年月をかけて人と共に進化してきました。そうして人間社会の中で共存できる社会的認知能力を発達させてきたことから、「人を見る目」も備わっている可能性があると考えられます。
これまでに犬にそのような能力があるかどうかを調べた研究では、「気前がいい」「協力的」「有能」「親切」な人を好む傾向が示されていますが、逆に差が見られなかった研究も多く、結果は混在しています。さらに、他者を観察する方法(以下、傍観的観察と呼びます)での人の評価形成については初期の研究では肯定的でしたが、後の研究では「単なる場所の記憶」で説明できることが示され、解釈が難しくなっています。「場所の記憶」は動物行動学ではローカル・エンハンスメントと呼ばれるもので、犬は「人がどんな人なのかを学習した(社会的評価)」のではなく、「そこに食べ物があった場所を覚えただけ」の可能性を示すものです。
また、人と人のやりとりを観察させる実験デザインは犬が必ずしも関心を持つものではないかもしれず、人と犬の相互作用を使った設計がより適しているとも考えられます。
さらに、犬の経験が人の評価形成に影響する可能性があります。過去の研究では、家族と暮らす成犬やシェルター犬は人を評価できた一方、子犬ではその傾向が見られませんでした。このことから、経験が評価能力の発達に関係していると推測されています。
こうした背景を踏まえ、オーストリアのウィーン獣医大学のコンラート・ローレンツ動物行動学研究所の研究者らは犬が人の評価を形成できるかどうかを調べるために実験を行いました。
- 人との相互作用を通じて(傍観的観察と直接交流の両方)、おやつを気前よくくれそうな人と、くれない人とを区別することができるか
- 犬の年齢(1〜4歳の若犬、4〜7歳の成犬、8〜12歳のシニア犬)、すなわち経験の豊富さによって人の評価形成に違いがみられるか
[photo by hedgehog94] 犬も経験で人の評価能力が高まる?
犬は人の評価を本当にできるのか?
実験に参加したのは40頭の家庭犬(若犬11、成犬15、シニア犬14)。2つの条件(傍観的観察と直接交流)において犬の様子が観察されました。
最初に犬たちは、傍観的観察条件にてテストを受けました。この条件では、犬は「気前よくおやつをデモ犬に与える人」と「おやつを持っていながらデモ犬に与えることなく非友好的な態度をとる人」の様子を見せられました。その後、デモ犬は実験場所から出ていき、参加犬がどちらの人に最初に近づき、友好的な行動(近づく、尻尾を振る、接触をはかろうとするなど)をとるかが観察されました。
続いて二つ目の条件である直接交流条件では、参加犬は観察することなく直接二人の実験者と交流することができました。実験者の一人は犬に気前よくおやつを与えますが、もう一人はおやつを持っていながら犬に決して与えないというところは傍観的観察条件と同様でした。ここでも参加犬がどちらの人に親和的な行動を多くとるかが観察されました。
おやつをくれる人とくれない人、犬は気にしない結果に
犬の経験値による違いを比較するために3グループにわけてテスト結果を解析したところ、傍観的観察条件においても直接経験条件においてもすべての年齢グループにおいて、気前のいい人を最初に近づこうとする人として有意に選んではおらず、友好的な行動も多く見せているわけではありませんでした。ただし、直接経験条件においては個体レベルで、40頭中3頭が偏りを見せましたが、2頭は気前のいい人に、1頭は気前の悪い人を有意に選択しており、その選択に一貫性は見られませんでした。
それよりもむしろ、人そのものよりも立ち位置や服の色といった別の要素に反応していた可能性がありました。犬は、二人の実験者が立っている位置(犬にとって左か右か)に影響を受けているようで、40頭中15頭に左右の選択バイアスが見られました。少ないながらも実験者が着ている服(白あるいは黒)に選択の偏りを見せた犬も2頭いました。そのため研究者らは、これらのバイアスを持つ犬を除外して再解析しましたが、それでも結果は変わることがありませんでした。
まとめとして、今回の実験結果からは、犬は直接的な経験からも傍観的な観察からも人の良し悪しを見分けることができるという仮説を支持するものではありませんでした。さらに、年齢による違いもなく、経験が豊富な高齢犬でも人の評価能力が高まるという確証も得られませんでした。これらのことは、犬のように人と密接に暮らせる社会性や認知能力の高い動物であっても、人となりを評価するのは複雑で難しい可能性を示唆するものです。犬の人に対する評価能力を理解するには、年齢や生活環境の異なる犬の集団における比較が必要であり、今回のような二者択一的なテストが犬のその能力を理解するために適当なものであるのか、実験方法そのものの改善も必要だと研究者らは考えているそうです。
[photo by buritora]
犬と人は「人となり」を判断する方法がちがうのかもしれない
最後に研究者らが考察していたように、犬が何を持って「いい人/悪い人」を判断しているのかを適切な方法でテストするのは非常に難しいのかもしれないと思います。
たとえば人でさえすぐに見抜くことができないパーソナリティ特性「ダークトライアド」。関わらない方がいいと考えられているタイプの人ですが、自分の利益のためなら犬を最大限に可愛がるかもしれず、そのような側面だけをみれば「犬好きのいい人」と感じてしまうかもしれません。


しかし、そのようなタイプの飼い主と暮らしている犬は、飼い主のさまざまな性格に触れ、においから感情を感じとり、表面上の振る舞いと感情のにおいとに一致しないものを感じていたりするかもしれない?などと思ったりもします。
なので、人間の善悪評価ですら難しいことを考えると、犬にとって単純な「おやつをくれる/くれない」という軸だけでは「人となり」を判断するには情報がなさすぎるのかもしれないとも考えられます。ですが逆にもっともっと単純なところだけで犬は人を評価しているのかもしれず、まだまだこのテーマには都市伝説を科学的に証明できる余地があると感じるものです。
【参考文献】
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