犬の飼い主が抱える介護負担への理解を

文:尾形聡子


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犬は大切な家族の一員。実際に犬と飼い主は人の親子のような愛着関係を築き、強い絆が作られることが数々の研究で示されています。しかし今の日本において、それは犬の飼い主の世界での共通認識になってきていても、社会全体で見るとまだまだではないかと感じます。

犬OKとされる場所は増えてはいますが決してペットフレンドリーな国とは呼べない現在の日本の社会では、飼い主の抱えるさまざまな苦労が理解されないことも少なくないでしょう。少し前まではペットロスの飼い主への理解もあまり進んでいなかったように思います。

では海外はどうなのかといえば、ペットに市民権があるような国でも飼い主が抱えこんでしまう問題があります。そのひとつが「介護負担(感):Caregiver Burden」です。愛する家族の一員であるからこそ、深刻な病気や認知症などで世話を必要とする犬と暮らす飼い主の多くが、人の介護をするときと同様に大きなストレスを感じていることが研究で示され始めています。

犬の飼い主における介護負担

介護負担とは介護を必要とする人の世話に携わる人々が抱える、感情的、身体的、精神的、社会的、経済的な面での悪影響で、介護負担感はそれを介護者が認識している程度のことです。この負担感については1980年にSteven H. Zarit博士らが初めてこの現象を医療分野で説明し、慢性疾患や終末期疾患に関連する介護負担を評価するための22項目の質問票「Zarit Burden Interview(ZBI)」を開発しました。

2017年にはSpitznagel, M.B博士らが人に対する介護用に作られたZBIをペットの飼い主を対象としたものに修正した18項目を5段階評価する質問票を作成、ペットを介護する飼い主の負担と心理社会的機能を評価しました。その結果、スコアが18以上となると臨床的に明らかな負担があることが示され、慢性または終末期の病気を持つペットの飼い主は負担やストレス、うつ、不安の症状が高まり、生活の質が低下していることがわかりました。

Spitznagel博士らはその後も犬のがんや皮膚疾患、変形性関節症などの慢性疾患を対象としてペット用に改良したZBIを使用し、飼い主の介護負担がどのような要因と関連しているのかを調べる研究を続けています。たとえば、治療計画が複雑かシンプルか、治療への満足度、獣医師や医療スタッフとの関係性への満足度、安楽死の検討などが介護負担と関連していることが示されています。また、病気だけでなく問題行動を持つ犬の飼い主に対しても介護負担の評価を行っています。

介護者負担を評価するペット用ZBIの質問票は使用していなくとも、行動上の問題や変形性関節症の犬の飼い主が抱える悩みや精神面、生活の質への影響などを調べた質的研究をこれまでに犬曰くでも紹介しています。問題行動を持つ犬の飼い主は感情的な負担に直面したり社会的な孤立が進むことがあったり、変形性関節症の飼い主は信頼できる獣医や治療法を見つけるのに苦労したり身体的な健康問題が発症することもありました。詳細については以下の記事をご覧ください。

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これまでに行われてきたこのような研究から、ペットの介護者、すなわち飼い主が直面する精神的・社会的な負担を理解し、その負担を軽減するためのサポートや介入の重要性が示唆されています。


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犬の介護における周囲からの理解の重要性

前述したように、介護負担とは介護を必要とする人の世話に携わる人々が抱える、感情的、身体的、精神的、社会的、経済的な面での悪影響で、介護負担感はそれを介護者が認識している程度になるのですが、介護負担感を強めてしまうかもしれないことの一つが周囲からの理解が得られない場合です。具体的には以下のような負担感が増大する可能性があると考えられます。

・フラストレーション
犬を介護している飼い主は、愛犬への愛情からその世話に多大な労力を注いでいるにもかかわらず、周囲の人々がそれを理解せず、「犬の世話をしているだけだろう」と軽く見たり、否定的な態度を取ることがあると、飼い主は自分の努力や苦労が評価されていないと感じ、失望したりフラストレーションがたまりやすくなります。このことがストレスを増加させ、負担感を強める要因となります。

・自信の喪失や孤立感
犬の介護は身体的な負担だけでなく、感情的にも非常に厳しいものです。どんなに献身的に介護をしていても、「犬だから大丈夫じゃない?」「過剰に心配しすぎでは?」などと言われると、飼い主は自分の感じている負担が真っ当ではないかのように感じるかもしれません。このような思いが、犬の介護に対する孤立感や自信の喪失を招き、負担感をさらに強くすることがあります。

・サポートの欠如による社会的孤立感
周囲からの理解やサポートが得られないと、飼い主は自分ひとりで世話を続けなくてはならず実際的な負担が大きくなるだけでなく孤独を強く感じることがあります。

つまり、介護をしている飼い主にとって、周囲からの理解とサポートをしてくれる人がいることは、飼い主の介護負担感を軽減する(あるいは増加させない)ことにつながると考えられるのです。


[photo by hedgehog94]

獣医療や予防医療の進化や栄養面での充足などから、犬の寿命は延びています。寿命が延びればがんや慢性疾患などの疾患だけでなく、認知機能障害による介護の必要性が生じる可能性も高まるでしょう。2023年の研究では、犬の認知機能障害がより進んでいること、飼い主がひとり暮らしであること、年齢が25〜44歳であることが介護負担感の増大と関係があると報告されています。

犬を家族の一員として迎えるようになった昨今、犬の介護により生ずる介護負担感を抱く人はますます増えていくかもしれません。そして介護負担感はペットロスに対する周囲の無理解から感じる孤立感と似ているところがあるようにも思います。犬の介護に負担を感じていると思われる飼い主さんが近くにいるときには、犬を愛する飼い主の一人として、その方の状況を受け止めサポートする姿勢をとれるようにしたいものですね。

【参考文献】

Caregiver Burden in Small Animal Clinics: A Comparative Analysis of Dermatological and Oncological Cases. Animals. 14(2):276. 2024

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