グレート・デーンの毛色、ハルクインとマールの関係が抱える問題

文:尾形聡子


[photo by Chris McIntosh on Unsplash] マールカラーのグレート・デーン。ハルクインの黒斑よりも斑点は若干小さくなる。

世界で最も大きな犬種のひとつ、ドイツ原産のグレート・デーン。現在ギネスブックに登録されている世界一背の高い犬はアメリカに暮らすグレート・デーンで体高104.6cm(肩までの高さ)。頭まで入れればそれよりもさらに高く、まさに超大型犬を代表するような犬種です。

グレート・デーンには犬種特有の毛色があります。まったく色素沈着のない純白の地毛にギザギザした黒斑をあらわす毛色で「ハルクイン(ハールクイン)」と言います。白地に黒斑の毛色を持つ犬種はほかにもいて、たとえば、ダルメシアンの白地に黒の水玉模様は有名な毛色ですが、ダルメシアンの斑点はこれまたダルメシアンに特有で、スポットと呼ばれています。ほかにも、ホルスタイン柄のようなタイプ(ボルゾイやジャック・ラッセル・テリアなど)や斑点が小さく散らばっているようなタイプ(ティッキング:スパニエル系など)など様々なサイズ、形の斑点柄があります。


[photo by shandie 8] ハルクインのグレート・デーン。

これらの斑点柄はすべて見た目には斑点ではあるのですが、斑点が現れてくる遺伝的な背景がそれぞれ異なります。特に、グレート・デーンのハルクインそしてダルメシアンのスポットは病気と密接な関係にあることが知られています。

現在、ジャパンケネルクラブ(JKC)のスタンダードでは、グレート・デーンの毛色はハルクインを含む5色(フォーン、ブリンドル、ハルクイン、ブラック、ブルー)が認められると記載されています。そして、これらの毛色は、①フォーンとブリンドル、②ハルクインとブラック、③ブルーという3つのグループに分け、それぞれのグループ内で繁殖を行うようにというガイドラインが存在しています。

ですが、近年、JKCも加盟するFCI(国際畜犬連盟)では、それまで失格とされていた毛色のマール(グレーの基本色に黒斑、日本ではブルーマールとも呼ばれているそうです)を失格とはしないこととし、②のカラーバラエティの中に追加しました(FCIのグレート・デーンのスタンダードはこちらをクリック)。というのも、グレート・デーン特有のハルクインという毛色になるには、マールになる毛色遺伝子が必須だからです。マールを失格にするとその分このグループの遺伝子プールは狭まり、健康なハルクイン個体が減る恐れがあるためと思われます。

毛色によるグループ分けを無視して繁殖をすると、いわゆるミスカラーと呼ばれる公認されていない毛色を持つ子犬が簡単に誕生する可能性があります。その一つがかつては失格とされていた毛色、マールだったのです。そのため、現在ではマールの個体もショーリングに立てるようになったものの、決して望ましいとはされず、失格にはならないという認識とされているようです。


[photo by Drew Hays on Unsplash] グループ分けを無視して繁殖が行われたと思われる毛色。黒い斑点(ユーメラニン)とフォーンの斑点(フェオメラニン)が混在しているのがわかる。

ハルクインの毛色になるために

ハルクインとブラックそしてマールというカラーグループ内での繁殖が行われるようにとのガイドラインがあることは前述しましたが、ハルクインの毛色は、白と黒です。なのになぜマールが?と思われるでしょう。その遺伝背景をこれから説明していきます。

ハルクインを指示する遺伝子は2011年に同定されました。9番染色体上に位置するPSMB7という遺伝子で、プロテアソームという酵素を構成するパーツをコードしています。プロテアソームは広く生物に存在している酵素で、細胞内の不要なタンパク質を選択的に分解するという重要な役割を持っています。この酵素がうまく機能しなくなると細胞の恒常性が維持できなくなり、免疫系や神経系、がんなどさまざまな疾患が引き起こされる可能性があることが知られています。

PSMB7遺伝子に変異があるものが「ハルクインになる(H)」タイプの対立遺伝子で、変異がないものは「ハルクインにならない(h)」タイプです。変異がある方が優性の形質で、両親からその対立遺伝子を受け継いでしまうと(HH)その個体は胎生致死、胎児は母体内で命を失ってしまうため生まれてくることができません。

このハルクイン対立遺伝子(H)はマール遺伝子のモディファイヤー(修飾因子)であり、マール遺伝子PMELにおいて変異が起きている場合、すなわちマール柄になる場合(M)にのみ毛色としてハルクイン柄をあらわすようになります。マール遺伝子の変異は数種類確認されていますが、野生型(変異が起きていないもの)に対して不完全優性の形質のため、ここではマールになる(M)、マールにならない(m)と表記します。ちなみにマールはユーメラニン(黒やチョコレート)が不規則に希釈されれて作られる毛色です。

これを前提とすると、マールとハルクインのそれぞれの遺伝子型は次のようになります。

  • ハルクインになる場合:HhMm
  • マールになる場合:hhMm

以下の場合には失格の毛色となるか、あるいは生まれてくることができません。

  • ダブルマール:hhMM、HhMM(マールクインとも呼ばれます):(ダブルマールの作用により全身がほぼ真っ白になるほか、薄まった黒斑がつくられる)
  • ダブルハルクイン(胎生致死):HHMM、HHMm、HHmm

ハルクインにもマールにもならない場合もあります。その場合は繁殖グループ内のブラックの毛色が基本色となります(ホワイトマーキングが入る場合もある)。

  • hhmm、Hhmm

このように、ハルクイン遺伝子とマール遺伝子の組み合わせだけで9通りあり、そのうちの3通りが胎生致死となるという、非常に難しい繁殖であることがお分かりいただけるかと思います。また、ダブルマール(MM)は聴覚や視覚などに障害が起こりやすくさまざまな健康問題が生ずる可能性がある毛色であることは周知の事実であるため、ダブルハルクインと同様に避けるべき遺伝子型です。同じグループ内であるものの、ハルクイン同士での交配はダブルハルクイン(HH)になる可能性が非常に高くなります。そのため、グレート・デーンの原産国であるドイツではハルクイン同士の交配は子犬の健康に問題が生ずるとの理由から禁止されています。


[photo by Laura] ダブルマールと思われるグレート・デーンの若犬。全身が白がち、ブルーアイ、さらに斑点の色が薄まり真っ黒ではないことが見てとれる。

犬の健全性を高める繁殖を!

そもそもダブルマール(MM)による毛色は疾患が生じやすいことが知られています。マールとハルクインという、健康と密接な遺伝子変異を必要とするハルクインの毛色を持つ犬の繁殖は、遺伝子検査などで確認をした上で綿密な計画をたてて行う必要があります。すべてのダブルマールの犬に疾患が生ずるわけではありませんが、繁殖倫理を考えればそれを避けるべきなのは一目瞭然です。

グレート・デーンにおいてハルクインは人気のある毛色には違いありません。しかしその一方で、ハルクインの毛色を持つ犬が生まれてくるようにするにはマールの個体が生まれてくることも避けて通れません。言い方を変えれば、ハルクインの子犬だけを得て、マールの子犬は生まれてこないような状況をつくるのは、遺伝子レベルで不可能だということです。ようやく失格の毛色からは除外されたものの、マールカラーのグレート・デーンはショーの世界ではまだまだ日の当たらない立場にあることには変わりないでしょう。

切っても切れないハルクインとマールの関係。時間はかかるかもしれませんが、健康なハルクインをつくっていくためにはマールの毛色がもっとグレート・デーンのブリーダーの間で受け入れられていくことが必要なのではないかと思います。それでなくても超大型犬は寿命が短いもの。少しでも健康に長生きできる超大型犬が増えていくことは個人的な願いでもあります。

【参考文献】

A missense mutation in the 20S proteasome β2 subunit of Great Danes having harlequin coat patterning. Genomics. 2011 Apr;97(4):244-8.

FCI:DEUTSCHE DOGGE(Great Dane) standard

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