ダルメシアンに正常な尿酸代謝能力を!

文:尾形聡子


[Image by Rebecca Scholz from Pixabay]

ダルメシアンは尿酸を分解することができない遺伝子変異を固定されてしまった、唯一の犬種です。ダルメシアンが抱えるその問題に対して、正常な遺伝子を、再びダルメシアンの遺伝子プールに入れようという取り組みが行われています。

1973年にアメリカで始まった Dalmatian Backcross Project (のちのDalmatian Low Uric Acid Project)では、最初に、メスのダルメシアンと、ダルメシアンの最も近縁の犬種とされているイングリッシュ・ポインターとを交配しました。変異を起こしてしまった遺伝子を1組持っているダルメシアンと、正常な遺伝子を1組持っているイングリッシュ・ポインターを交配すれば、すべての子犬は正常遺伝子と変異遺伝子をひとつずつ持って生まれてきます。その子犬とダルメシアンとを交配し、さらにそこから生まれてきた子犬とまた別のダルメシアンとを交配し…ということを繰り返し行いました。

このプロジェクトでダルメシアンと交配したイングリッシュ・ポインターは、最初の交配での1頭だけであり、35年という長い年月を経て誕生した14代目のダルメシアンのDNAはこれまでのダルメシアン(尿酸を代謝出来ないダルメシアン)と99.8%同じになったそうです。つまり、異なる0.2%にイングリッシュ・ポインター由来の遺伝子が含まれているということになります。

見た目には、わずかに斑点が小さくなったそうですが、スタンダードの基準をクリアできないほどの変化があったわけではないそうです。また、パッチの出現率は、これまでのダルメシアンとほぼ同じで、聴覚障害の発症率も、ほぼ同じかむしろこれまでよりもわずかに下がっているということです。

このプロジェクトに大きく寄与したRobert H. Schaible博士は、ダルメシアンとイングリッシュ・ポインターとの交配から、とても意味深いことに気づきました。

ダルメシアンは、白い毛が混ざらない斑点を持つように選択交配されてきたことで、尿酸の代謝遺伝子の変異が固定されてきたと考えられています。そのことから、従来は、白い毛の混ざらない斑点を持つためにはその遺伝子の変異が必要だと考えられていました。しかし、彼は、白い毛の混ざらない斑点を持っていても、尿酸が正常に代謝されることを明らかにしました。つまり、ダルメシアンがダルメシアンたる特徴的な斑点を持ったまま、正常な尿酸の代謝遺伝子も持つことが可能であることを発見したのです。


[Image by SnottyBoggins from Pixabay]

ほんの少しだけ斑が小さくなろうとも、今までのダルメシアンとDNAレベルで100%同じではないとしても、尿酸を代謝できないダルメシアンであることと、尿酸を代謝できるダルメシアンであることとどちらが大切でしょうか?

ダルメシアンは、その毛色だけではなく、病気という側面からみてもとても特徴的な犬種です。現在のダルメシアンは、常に尿結石や痛風と隣り合わせの状態に置かれているとも言えます。また、聴覚障害に関しても、白毛との関連性は明らかになっているものの、ダルメシアンには、地毛が白毛以外の毛色のバラエティがありません。健康なダルメシアンが増えていくために、ダルメシアンの抱える遺伝子疾患の問題点について、ひとりでも多くの人にその事実について考えてもらえればと思います。

犬は人間の手によって育種された動物です。ダルメシアンの尿酸代謝異常のように犬種特有の疾患があっても、他の犬種と交配することで、犬種の特徴を維持したまま変異遺伝子を正常な遺伝子に置き換えることができるのであれば、そのような取り組みをしていくことが育種のあるべき姿ではないでしょうか。育種は、ある時点で完全に終了してしまうものではなく、引き続き行われていくべきものだと思うからです。そういう意味でも、このプロジェクトは、今後、犬種の健全性を獲得していくための取り組みとして、大きな示唆を与えていくものではないかと思っています。

(本記事はdog actuallyにて2009年6月11日に初出したものを一部修正して公開しています)

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