文:藤田りか子
[Photo by Paul Tester]
ダルメシアンは18世紀のジョージア時代から19世紀のビクトリア時代のイギリスにおいて、馬車や馬で遠出をする上流階級の人々のボディ・ガードとして活躍してきた。そのときに馬の横を伴走し、日に何十キロも走り続けたということだ。馬車のお付き犬にダルメシアンを使うということには装飾効果もあったが、その素質として大事なのは疲れ知らずのスタミナと馬についていきたいという情熱だ。華麗な過去が培ったダルメシアンの「ホースドッグ」としての能力は現代にもロード・トライアルというダルメシアンだけのためのドッグスポーツにて活かされている。
スポーツの発祥地はアメリカ。すでに1940年代にルールが作られ戦争による中断を経た後89年に再開。90年代ではカナダ、2002年にはイギリスに渡り、その3年後にはスウェーデンでも競技会が開催された。
長距離耐久レースと騎乗オビーディエンス
ロード・トライアル競技は2本立て構成。一つはダルメシアンのスタミナを測る長距離耐久レース部門、もう一つはホース・ドッグとしてのマナーをテストするオビディエンス(服従訓練)部門で成り立っている。参加者は基本的に騎乗でも馬車を御していてもどちらのスタイルでもかまわない。だから、馬に乗れないという人は、誰かに馬車を御してもらって自分は御者の隣に座り、そして犬のハンドリングをする、という方法もOK だ。
ただし、長距離部門を馬車で、オビディエンスを騎乗で、というのは無理で、どちらかのスタイルに統一して参加するのがルール。スウェーデンでは長距離レースの際に森の細い道を走ることが多いので、馬車で参加する人はあまりいない。だがイギリスのロード・トライアルでは、ほとんどが馬車スタイルで行われる。イギリスはもともと馬車競技が大変盛んな国だ。そのため、ロード・トライアルが導入された当初イギリスではドッグ・スポーツというよりもホース・スポーツとして見なされていたようだ。
このスポーツのもっとも面白い点は、参加の際に一度に犬を数頭つれて「チーム」で出場できるということ。1頭から6頭までOK。歴史的にも数頭のダルメシアンを連れて馬車の横を伴走させていたそうで、その伝統に則ったルールといえる。オビディエンスも長距離レースも一気に数頭を連れて競うことになるが、ジャッジは一頭一頭のパフォーマンスを採点する。
マナーが出来てから、耐久レースへ
競技はすべてはノーリードで進行する。これはなかなか難しそうかも!?
競技のマナー部門には呼び戻し、脚側行進などスタンダードな技が含まれている普通のオビディエンス競技とはちょっと異なる。脚側行進は速足状態の馬の周り、それもだいたい一馬身内にいればいいことになっている。
伴走犬がもし走行中に何かに気を取られて馬車を離れてしまったら、ボディガードとして機能しない。その能力をためすために、オビディエンステストにはディストラクションという課目も入っている。これは、ダルメシアンが馬と走行している間に、誰かが別の犬を連れてその前を横切る、というものだ。
オビディエンステストにはディストラクションという課目も入っている。ダルメシアンが馬と走行している間に、誰かが別の犬を連れてその前を横切る。[Photo by Paul Tester]
競技者はこれらオビディエンス部門で一定の点数を満たし合格してから、初めて長距離レースに参加することができる。マナーの出来ていない犬が公道を走る長距離レースで走行するのはかなり無理があるので、これは理にかなっている。
長距離耐久レースは、初級クラスで20km、上級で40kmの走行。エンデュランス馬術競技と同じように、犬の体調状態が点数となる。コンディションをチェックするのは獣医の役割。レース前後とその途中の体温、脈拍を測り、コンディションを判断する。ただし馬術の世界と違ってタイムレース制ではなく、最高時間(3時間/6時間)が設けられその間に完走すればいいことになっている。
生まれつきの馬への愛着?
アメリカのジャッジであり競技者であるゲイル・リギンズさんは、ロード・トライアルを訓練するのに大事なことは、日常的な基礎訓練ができあがっていること。これさえできていれば、参加者は必ずしも馬を持っている必要はない、と言う。
「基礎訓練も入れずにいきなり馬にのって犬を訓練する人が多いんです。馬を使って訓練するのは、トレーニングの最終段階なんですよね」
とゲイルさん。
スウェーデンのロードトライアルのハンドラーである、エヴァ・フォシュさんは
「基礎訓練さえ入っていれば、あとはダルメシアンの本能で何とかできちゃうものなんですよ(笑)」
とも。エヴァさんのダルメシアンのうち一頭は馬と伴走するというトレーニング一度も受けたことがなかったにもかかわらず、ある日エヴァさんが馬車を御したら、まるで要領を得たといわんばかり、途端に馬車の横をついて走り出したそうだ。
ダルメシアンは馬車が奏でるリズムとその【動き】そのものに惹かれているのだという。[Photo by Paul Tester]
「これはおそらくダルメシアンの歴史の中で培われた、本能的な部分だと思います。それが現在にも残されているんですね」
イギリスのロード・トライアル協会の設立者、アリソン・バーゲスさんはその本能の部分をこう説明してくれた。
「ダルメシアンは馬とか馬車が奏でるリズムっていうかその【動き】そのものに惹かれるっていうところがあります」
これは納得だ。ややもするとハスキー犬が皆で走り橇を引くときの感覚と似たものがあるかもしれない。そり犬が橇を引くのはあのリズムが好きでしょうがないから、とある犬ぞりハンドラーが語ってくれたことがある
日本でもぜひ取り入れてみたいスポーツではある。とはいえ、乗馬人口も少ないし、さらには馬車競技をする人もほとんどいないし、まず機会がない。なかなかハードルは高いのだ。でも多くの人にとっては憧れのドッグスポーツではないかと思う。しかし一つ方法があるかもしれない。馬車の代わりに自転車を使うのはいかがだろう。そう、もちろんギグレースやバイクジョアリングと差をつけるために、ダルメシアンはノーリードで自転車に伴走!