日本全国に広がる取り組み「わんわんパトロール」、その社会的な影響は?

文:尾形聡子


[photo by Buritora]

皆さん、わんわんパトロールというボランティア活動が各地の自治体で行われていることはご存知ですか?

そもそものきっかけは、2003年、東京の世田谷区の警察署において犬の飼い主が毎日散歩をするついでに地域の見守りをしようと、全国初のわんわんパトロール隊が発足したことだそう。わんわんパトロール中であることは、散歩の際に腕章をつけたり、お散歩バッグを持ったり、あるいはリードに通すプレート、犬用のバンダナを巻いたりすることでその活動中であることを示しています。さまざまなグッズを身につけることで「わんわんパトロール」活動をしながらの散歩であることがわかる形で、犬の散歩と地域の防犯活動とを結びつけたこの活動は瞬く間に全国へと広がっていきました。

犬の散歩が地域の防犯に一役買うことは想像に難くないでしょう。もちろん、近年至るところに設置されるようになっている防犯カメラの効果も絶大ですが、散歩をしている飼い主と犬がそこここにいるということは、人気がなくてカメラという機器があるだけの状況とはまた異なる犯罪抑止への影響力があると感じます。実際、2022年に発表されたアメリカの調査では「犬の飼育率の高さ」はその地域の犯罪率の低さと関連性があることが示されており、そこらあたりを散歩している人や犬の存在自体が、何らかの形で防犯に役立っていたのです。防犯には地域住民の間の信頼感の高さも重要で、そこに、犬の散歩を通じてのご近所づきあいやコミュニケーションが生じていることなどが影響している可能性も大いにあります。犬は、人同士のコミュニケーションを潤滑にしてくれる場合があるためです。

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日本のわんわんパトロールという活動はもともと地域の防犯を目的とするものでしたが、上の記事で紹介したアメリカの研究にもあるように、社会的な関係性にも何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられます。東洋大学と早稲田大学を中心とした研究チームがその点について日本で初めて研究を行い、詳細を「scientific reports」に発表しました。

わんわんパトロールの6つの社会的役割

研究者らは都市部での社会的な役割を調査すべく、東京都の2つの自治体のわんわんパトロールのメンバーである18人(男性5、女性13)の飼い主に対してインタビューを行いました。インタビューは、わんわんパトロールの社会的役割について確認するために、わんわんパトロールに参加した理由、パトロール中に注意したこと、パトロールを通じて経験した身体的・精神的・社会的変化、パトロールが地域社会にどのように役立っているか、その他問題点などが尋ねられました。また、飼い主は、自分自身と犬の年齢、性別などのデータや散歩状況についてのアンケートにも回答しました。

参加者の平均年齢は63.9歳で、全員に同居している家族がいました。犬の平均年齢は7.7歳、平均体重は11.3kgでした。すべての犬は室内飼育で、66.7%がトレーニングクラスに参加していました。飼い主のわんわんパトロールの経験は平均12.7年、1日に1.8回散歩をし、1日の散歩時間は71.1分、1週間あたりの散歩に行く回数は6.2回でした。1週間あたりの回数が少ないのは、他の家族が散歩に行くためでしょう。

インタビューについての質的内容分析から、わんわんパトロールの社会的な役割が、「学校を中心とした社会的ネットワークの構築」「わんわんパトロール組織内外の緩やかなネットワークの構築」「近隣住民の信頼感の向上」「地域社会の信頼感の向上」「飼い主間の互酬性の規範」「犬と飼い主の特性」の6つのカテゴリーに分けられることがわかりました。

[image from scientific reports fig1] 質的内容分析に6つのグループに分けられた単語。グループ1は「学校を中心とした社会的ネットワークの構築」、グループ2は「わんわんパトロール組織内外の緩やかなネットワークの構築」、グループ3は「近隣住民の信頼感の向上」、グループ4は「地域社会の信頼感の向上」、グループ5は「飼い主間の互酬性の規範」、グループ6は「犬と飼い主の特性」のそれぞれに含まれる主な単語。

インタビュー回答には、たとえば、

「犬を連れて散歩をしていると、犬を飼っている人からも、飼っていない人からも話しかけられます」

「以前は顔見知り程度だった近所の犬の飼い主さんたちと、わんわんパトロールに参加してからとても親しくなりました」

というようなコミュニケーションの増加から、信頼感への向上へのつながりが見られる回答がありました。

「夫が入院していたとき、近所の方が犬の世話を手伝ってくれてとても助かりました」

というような、互恵的な関係性も築かれるようになっていることも示されています。また、

「男性にとって、仕事を退職する前にわんわんパトロールのような活動に参加し、コミュニティとのつながりを持つことは有意義だと思います」

との声もありました。参加者の年齢層が比較的高かったことから、これは高齢者の、とりわけ男性が感じやすい社会からの孤立感を軽減するために、何かしらかの役割を持ってそれをもとに社会と交流することの重要性を感じさせられるものです。

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「うちの犬は年老いているためあまり歩けませんが、犬と一緒に家の前に立って子どもたちに挨拶するだけでもパトロールになります」

と語る人も。それぞれの犬と飼い主の状況に応じた形で無理なくわんわんパトロールに参加できていることをよく表している言葉と思います。

これらの結果から、日本の都市部におけるわんわんパトロールが、社会的なネットワークを拡大し、犬の飼い主や地域の社会的な結束を強めていることが示されました。前述のアメリカの研究と同様に、地域の信頼感の高まりにも影響していることがわかります。ただ犬と散歩をするだけよりも、わんわんパトロールという共通の目的を感じて散歩をすることで、社会的なコミュニケーションや地域信頼感がより強まる可能性があると考えられます。また、そのようなつながりが強まることが、犬の散歩を継続を促進することにもつながると研究者らは結論していました。


[photo by beeboys]

今回の研究を見て、わんわんパトロールは、日本人の気質や地域性に受け入れられやすい活動なのかもしれないと思いました。働き盛りの人が朝の忙しい時間に子どもの通学時のパトロールをする余裕はなかなか作れないと思いますが、比較的余裕のある高齢者が犬を通じてこのような社会活動に参加できる機会がある、というのはとても良いものだと感じます。

とはいえ、順番を間違えてはいけないのが、健康になるために犬を飼う、孤独から逃れたいから犬を飼う、というところ点です。わんわんパトロールは犬の散歩を継続的にするための動機づけにもなっているようでしたが、活動に参加しているからといって誰もがしっかり散歩をこなしているわけではないでしょう。けれども、そういうきっかけがより強いモチベーションになり、散歩を通じて人も犬も健康に暮らすことができるなら、何よりも幸せなことだと思います。

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【参考文献】

Social role of the ‘Bow-Wow Patrol’ in urban areas of Japan: a qualitative study. scientific reports. 14(1):13119. 2024

早稲田大学 スポーツ科学部ニュース

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