犯罪抑止には「街路への視線」「住民同士の信頼」そして「犬の飼育率の高さ」

文:尾形聡子


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犯罪に巻き込まれることなく安全な街で暮らしたいと思うのは世の常人の常。見えない脅威に脅かされながらの生活は、気持ちが休まる間もなくストレスに満ちたものになるはずです。

1961年、アメリカのノンフィクション作家でありジャーナリストのジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)は、著作「アメリカ大都市の死と生」において、都市の安全を守るには「街路への視線(eyes on the street)」と「住民同士の信頼」が重要であると述べ、今日でも都市計画研究の古典として影響力を持ち続けています。たとえば街路への視線に関しては、街頭に設置された防犯カメラが身近な例として挙げられるでしょう。また、街の人々への信頼感が高ければ、脅威に直面したときに助け合いやすいなど、自分の暮らす地域の安全にプラスの影響をもたらすという感覚を持ちやすくなります。

しかしながら、この理論に基づいた監視が犯罪に及ぼす影響を評価する研究は、その評価方法も難しく、ほとんど行われてきませんでした。そこで、アメリカのオハイオ州立大学の研究者らはその監視システムの一部を犬の飼育率、すなわち犬の散歩が影響しているだろうと考え、犬の飼育率が犯罪の発生率と関係しているかどうかを調査しました。


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研究者らは、オハイオ州コロンバスの住民を対象として2013年に行われた大規模マーケティング調査の43,078のデータからの犬の飼育世帯と、595の国勢調査細分区グループ(アメリカ合衆国国勢調査局が用いる、国勢調査細分区と国勢統計区の中間にあたる地理的単位)における犯罪統計のデータとを分析しました。また、住民同士の信頼の尺度については、Adolescent Health and Development in Contextという研究プロジェクトで収集した街の人々への信頼度が解析データとして使用されました。

各地域の「犬の飼育率」「犯罪率」「住民への信頼度」を解析した結果、犬の飼育率が高い地域は低い地域と比べて住民の信頼度が高く、信頼度の高い地域は殺人、強盗、暴力の発生率がより低くなっていました。犬の飼育が近隣への信頼度を高める傾向については、犬の散歩が取り持つ人の縁がその根底にあるのかもしれません。

また、近隣の人への信頼度にかかわらず、犬の飼育率が高い地域は殺人、強盗、加重暴行の発生率がさらに低下していることが示されました。そして、犬の飼育率が高まると窃盗などの財産犯が低下し、これについても近隣との信頼度とは関係はありませんでした。日本でも昔から、犬を飼うと泥棒に入られにくくなると言われていましたが、犬は見知らぬ人の侵入に対して吠えたり、路上であっても周囲の様子を観察し、挙動不審な人に対して吠えたりする犬の特性が抑止力になっているためと考えられます。人の目だけでなく、犬の目もある、ということです。

この結果は、犬の飼育が犯罪抑制に有効であることを示した結果ですが、どうして犬の散歩が犯罪抑制に役立つのでしょうか。仮に、警察犬として訓練されたジャーマン・シェパードのような犬を連れていたら、直接的に犯罪を抑制する効果があるかもしれません。しかし、一般の家庭犬には小型の愛玩犬も多くいます。それでも犬の飼育が犯罪抑制につながるのは、犬の散歩をしている人は近所をパトロールしているようなもので、すぐそこに起きている問題を発見する可能性も高まると考えられるためです。そもそも、街で起きている何らかの事柄に気づく人がいるということ自体が安心感に繋がるものだと研究者らは言っています。

さらに、犬の散歩を通じて生じるコミュニケーションが、地域の信頼感も高めていきます。犬の飼育率と信頼度の両方の高さが、犬の散歩によってもたらされ、それが犯罪抑制にもつながっている可能性がある、ということなのです。


[photo by Çağlar Oskay from Unsplash] 犬の散歩は天候に左右されることも。もしかしたらそんなときには犯罪抑止力が通常時よりも多少低下するのかもしれません。

犬を飼うことが地域の犯罪抑制とつながっているというのは犬の飼い主にとっては何とも嬉しいことではないですか?とりわけ都会での犬との暮らしは肩身が狭いと感じる部分があると思います。けれど、知らず知らずのうちに犬の散歩が地域の安全や信頼感を高めている可能性があることを、日本でも多くの人に知ってもらいたいと思った次第です。

【参考文献】

Paws on the Street: Neighborhood-Level Concentration of Households with Dogs and Urban Crime. Social Forces, soac059. 2022