雑種は本当に純血種よりも健康?一般的な疾患における生涯有病率の比較

文:尾形聡子


[Image by Joyce McCombs from Pixabay]

日本にまだそれほど純血種の犬が多くなかったころ、雑種は体が強いとよく言われていたものです。私が小さかったときに近所にいた犬のほとんどは日本犬系の中型犬で、純血種といえば柴犬、あるいはお座敷犬とざっくり呼ばれていた小型犬が多かったことを覚えています。ドーベルマンやジャーマン・シェパードなどを番犬として、あるいはセターなどの狩猟犬を実猟犬として飼っていた家庭はハイカラ(お金持ち)なんだなあと子ども心に思っていました。昭和の時代のことを思い出すと、人気犬種の変遷をあらためて感じるものです。

今でこそ、純血種の犬を見かけない日はないくらい多くの種類の犬が、ここ日本でも飼育されるようになりました。しかし、純血種の流行や頭数の増加に伴い顕著になってきたのが遺伝病です。現在、犬種の多くにはそれぞれに特有な遺伝病が発症しやすい状態にあり、犬の福祉を低下させる懸念から世界的な問題になっています。ノルウェーでのブルドッグとキャバリアの繁殖禁止になったのも記憶に新しいところです(詳しくは「ノルウェーのブルドッグ&キャバリア繁殖違法の判決、北欧からの反応とその実情」を参照)。

犬種という閉じた遺伝子プールの中での繁殖を繰り返すことで遺伝子の多様性が低下し、ホモ接合(同じ対立遺伝子を二つ持つこと)することが大きな原因となり、遺伝病を発症します。一方で、犬種という縛りがないのであれば、雑種は常に開かれた遺伝子プールの中で繁殖を繰り返すことも可能、つまり、同じ対立遺伝子を持つ確率が低下する(ヘテロ)と考えられます。

しかし、本当に雑種犬は遺伝病を発症しないのか?といえば、決してそうではありません。確かに病気の発症確率は純血種に比べて低いですが、遺伝病を発症する変異遺伝子は雑種犬の中にも広く存在していることが示されています(「雑種は健康は過去の話?大規模遺伝子解析により明らかにされた遺伝病発症リスクの現状」参照)。


[Image by Dan Hussey from Pixabay]

雑種強勢はF1個体にみられる現象

雑種犬の体が強いという世の中の通説は、雑種強勢(ヘテローシス)がその科学的根拠となっていたと考えられます。雑種強勢とは、異種交配(交雑)した際に、F1個体(その両親から生まれた第一世代の個体)が両親よりも優れた形質を持つ(体が大きくなる、ストレスに強くなるなど)現象ですが、すべての雑種F1個体に同様の影響があるわけではなく、さらにはF2、F3と世代が進むにつれて雑種強勢の効果は薄れていき、元々の親の特性があらわれるようになっていくこともわかっています。

つまり、異種交配する元々の親(純血種)の遺伝子の健全性のレベルが低下していれば、交雑した犬の健全性もそれほどは期待できないとも言えるでしょう。そのことは、上述した遺伝病のリスク遺伝子を雑種犬も広く保持していることが示しています。同様の理屈で考えると、デザイナードッグの健全性も、雑種強勢の影響をそれほどまでに期待できないのではないかと思います。

では、遺伝性疾患ではない一般的な疾患についてはどうでしょうか?体が虚弱である、あるいは病気になりにくい、というような「傾向」は、遺伝子がすべてを決めているわけではないにせよ遺伝的な要因もあります。周りを見渡してみれば、風邪をひきやすい人とそうでない人、お腹を壊しやすい人とお腹が丈夫な人などがいますが、それと同様です。とはいえ、風邪はほとんどの人が一生に一度はかかるものですし、お腹を下したことのない人もほとんどいないはず。人においては虫歯や腰痛、高血圧やうつ病、捻挫などの怪我も一般的な疾患と言われています。

そのような、犬における一般的な疾患について、純血種の犬と雑種犬の罹患率には差があるものなのでしょうか。純血種と雑種の健康比較をするような研究は、

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