文:尾形聡子
[photo from Adobe Stock] 小型の愛玩犬は痛みに弱いようなイメージが…?
人によって痛みの感じ方が違うように、犬にも感じ方には個体差があり、さらには犬種差もあるのではないかと広く考えられています。犬の痛みの感じ方を客観的に評価するのは難しいことですが、日頃さまざまな犬と関わっている獣医師であれば、一般の人々よりも犬種による痛がり方の違いを肌で感じているかもしれません。
2020年、アメリカのノースカロライナ大学とデューク大学の研究者たちは、一般市民と獣医師に対して犬の痛みについて大規模なアンケート調査を行いました。詳細は以下の記事をご覧いただくとして、参加した人のほとんどが痛がり方には犬種差があると考えていましたが、一般市民と獣医師とでは、痛がりだと考える犬種に大きな違いがありました。
一般の人々は体が小さい犬種の方が痛がりで、皮膚の厚そうな闘犬種や番犬などは痛みに強いと考える傾向にありましたが、獣医師の考えでは、大型犬であるハスキーやジャーマン・シェパードも痛みに対する感受性が高い、すなわち痛みに弱いという評価をしていました。
この調査を行った研究チームが新しい研究を発表しました。犬種による痛みへの感受性の違いの認識は、治療に影響を及ぼす可能性があるため、より詳しい調査が必要だと考えたからです。研究者らは、本当に犬種によって痛みに対する感受性が違うのかどうか、そして痛がり方の違いは犬の行動傾向によって説明できるのか、あるいは、行動の違いが犬種による痛みの感受性の評価につながるのかなどについて検討を行いました。
[photo from Adobe Stock] 警察犬として各国で活躍するジャーマン・シェパード。屈強なイメージがあるものの…?
ハスキーやシェパードは本当に痛がり?
研究者らは2020年に発表した上記の研究において、獣医師と一般市民とで痛みに対する評価が異なる、さまざまなサイズの10犬種を今回の研究対象にしぼりました。以下の図にある10犬種です。下図、上のグラフの左側が獣医師が評価したもの、右側が一般市民が評価したもので、下の犬の区分は獣医師による痛みの感受性を高い(High:痛がり)、平均的(Average)、低い(Low:痛がりではない)で示しています。痛がりだと評価された犬種はシベリアン・ハスキー、マルチーズ、ジャーマン・シェパード、チワワで、平均的な犬種はジャック・ラッセル・テリア、ボストン・テリア、ボーダー・コリー、痛がりではない犬種はピットブル、ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバーです。
[image from Frontiers in Pain Research fig1]
対象とする10犬種の一般家庭の飼い主を広く募集し、成犬であること、健康で体の痛みがないことなどを条件として最終的に149頭の犬が研究に参加しました(各犬種それぞれ14〜16頭)。
これらの犬に対して痛みに対する感受性を測定するために、研究者らは人のペインクリニックなどで一般的に行われている方法を犬用にアレンジしたものを使用しました。ひとつは、犬たちがマットの上で快適に過ごせることを確認してから、横たわらせた状態にし、後肢の中足骨(足の指の骨)辺りにペン先のようなもので圧力をかけて刺激に反応するまで徐々に圧力をかけていくというものです。刺激への反応は、足を引っ込めたり遠のけたりするだけでなく、刺激を与えられているツールを見ようとする、呼吸を止める、唇を舐めるなどの行動も含まれていました。
もうひとつは、温度に対する感受性をみるものです。49度に設定した機材を犬の中足骨あるいは手根骨(手首のあたり)に当て、熱に反応するまでの時間が計測されました。反応しない場合には最長でも20秒間を限度としました。これらの2種類の反応テストはそれぞれ5回ずつ行われました。
さらに研究者らは、動物病院での診察において犬がどのようなストレス反応をするか、感情面での反応性を確認するために、「新奇物体テスト」と「不機嫌そうな見知らぬ人への反応テスト」を行いました。新奇物体テストでは、音を立てて動くサルのぬいぐるみに犬を対峙させ、90秒間犬がどのような行動をとるかを録画しました。不機嫌そうな見知らぬ人への反応テストでは、犬から2.5メートルほど離れた場所に座ってフード付きのトレーナーを着た見知らぬ人が携帯電話で大声で話しをします。話しを終えるとその人は被っていたフードを脱ぎ、友好的な口調で犬に挨拶をしてくるというものです。電話を切ってから30秒間の交流が続けられました。
解析の結果、痛みに対する感受性は犬種差があることが示されましたが、獣医師の評価とは必ずしも一致していませんでした。たとえば、獣医師が「痛がりな犬種」と評価していたマルチーズは圧力と熱いずれにおいても敏感に反応しており、痛みに対する耐性が低く、獣医師の評価と一致していましたが、シベリアン・ハスキーは圧力も熱も中程度の反応で(中程度の中でも痛がり寄り)、ジャーマン・シェパードは熱に対しては中程度、圧力に対しては10犬種中一番耐性がありました(一番反応がなかった)。
獣医師が「痛がりではない犬種」と評価したラブラドールやゴールデンは圧力や熱に対する耐性が高く、彼らの評価と一致していました。しかし、ピットブルに関しては圧力は中程度、熱に対してはむしろ敏感に反応しており、決して痛みに強い犬種ではありませんでした。
感情反応テストにおいては、ぬいぐるみや見知らぬ人に興味を持たなかったり避けようとしたりする犬の方が獣医師が痛がりな犬種として評価する傾向にあることがわかりました。このことは、動物病院で示す犬種による感情反応の違いが獣医師の痛み評価に影響している可能性を示唆します。また、感情反応は実際の犬種間での痛がり方の違いとには関連性はありませんでした。
痛みへの感受性の違いが犬種により異なることを説明するためには生物学的なメカニズムを調べる必要があり、それにより、臨床現場での痛みを効果的に管理することに役立てられるかもしれないと研究者らは言っています。また、犬種のどのような特徴が獣医師の痛み評価に影響しているのかについてもさらに調べる必要があるとしています。
[photo from Adobe Stock] 獣医師の評価ほど実際の刺激には弱くなかったハスキー。
愛犬の緊張、助長していませんか?
痛みという非常に主観的な感覚を、しかも、言葉が通じない犬において客観的に評価するのは難しいですが、それでも、今回の実験から外部刺激に対する反応には犬種差が存在することが示されました。
ただし、物理的な痛み評価は、毎日さまざまな犬を診察している獣医師の評価と必ずしも一致していませんでした。とはいえ、いずれの評価が実際の臨床現場で大事なのか、というのは考え方によるような気がします。物理的な刺激に反応しやすい犬種が存在するのを知っておくのはもちろん大切ですが、感情的な反応は身体反応へも結びついていると思うからです。獣医師の方は長年の経験から、結びつきやすい個体、結びつきやすい犬種などを肌感覚で持つようになったのだと思います。
怖がりで慎重な性格の犬であれば、痛み以外に動物病院で起こる些細なことに反応し、それが精神的なトラウマとなりやすい可能性があります。いい意味で諦めのいいタイプであれば、最初は嫌がっていた処置もいずれそれほどストレスを感じることなく我慢できるようになるなどさまざまです。いずれにしても、愛犬の性格を知っておくことは「痛み」という観点からみても大切です。
実際に痛みがある場合はもちろん病院で診察を受ける必要がありますが、健康な状態でもワクチンや定期的な健康診断で動物病院へは訪れるものです。怖がりで痛がりな愛犬を心配するあまり、自分の方が先に緊張してしまう…そんな飼い主さんには藤田りか子さんのこちらの記事をぜひご一読いただければと思います。
【参考文献】
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