文:尾形聡子
[photo by graham berry]
寿命といえば、「暦年齢」と呼ばれる誕生日からの経過日数によって数えられる実年齢を元に考えられるのが一般的です。犬では犬種ごとに平均寿命が異なり、たとえば、この犬種は12歳から14歳などというような表記はあちこちによく見かけるものです。しかし、そのような暦年齢ではなく、細胞の老化の程度、すなわち「細胞年齢」をはかる研究が近年進められています。
細胞年齢というと、筋力がどのくらいあるのか、筋肉や体脂肪率がどのくらいなのかというような基礎体力的なものから求めるような年齢を想像するかもしれませんが、科学的に測定する細胞や組織の年齢、すなわち老化の程度は、まったく違う現象に注目するものです。科学的な老化(年齢)測定といえば、これまで、染色体の両端に存在するDNAの特異的な繰り返し配列である「テロメア」に関する研究が古くから行われてきました。
細胞が分裂するたびにテロメアの長さが短くなっていくことと、細胞の老化(寿命)に関連性があり、犬種の平均寿命とテロメアの長さとの関連を調べた研究もありました(詳しくは「犬の寿命とテロメア」をご覧ください)。しかし近年、DNAのメチル化」というまた別の生命現象がどのような状態になっているかのほうが、より細胞年齢(寿命)と強い相関があると考えられるようになってきています。エピジェネティック機構のひとつ、DNAメチル化状態から細胞年齢をはかるため、それを「エピジェネティック時計」と呼んでいます。
「エピジェネティック時計」についての研究は、アンチエイジングや若返りというような分野で取り上げられている印象が強いですが、そもそもは2013年に人におけるDNAメチル化状態による細胞年齢に対するエピジェネティック時計が示され、それ以降、その測定方法のみならず人以外の生物種においてもエピジェネティック時計についての研究が急速に進められてきています。
エピジェネティクスとは?
これまでに何度か犬曰くでも登場している言葉「エピジェネティクス」ですが、ここで今一度簡単に説明をしておきたいと思います(詳しくは「遺伝子変異だけじゃない、多様な犬の進化に影響するエピジェネティクス」をご覧ください)。
エピジェネティクスとは「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域(ウィキペディアより)」のことで、さまざまな生物の生命現象に関わっているメカニズムです。主に、「DNAのメチル化」と「ヒストンのアセチル化などの装飾」の二つによって制御され、それぞれが遺伝子発現の抑制と促進の役目を担っています。これらの化学的な修飾により、遺伝子配列を変化させずに、遺伝子のタンパク質を作るスイッチをONにしたりOFFにしたりしているのです。
エピジェネティクスの現象は、iPS細胞やクローン動物など、細胞の分化や発生に非常に重要な役割を持つだけでなく、病気の発症にも強く関わっていて、これまでに数えきれないほどの研究が発表されてきています。また、前述しましたように、加齢によってゲノム領域特異的にDNAのメチル化が進むことから、それが細胞年齢を測る指標にもなることがわかっています。
[photo by Andrey Shkvarchuk]
哺乳類は通常、大型の方が長生きなのだけれど
哺乳類においては、通常、体が大きい方が寿命が長いことが知られています。しかし犬という生物種内においてはその限りではなく、体が大きいほど寿命が短い傾向にあります。「犬のライフステージどう分ける?〜認知機能から分類する最新研究」で紹介した研究は認知機能に着目したものではありますが、その中でも述べたように、一番短い寿命の犬種は一番長いそれを比較すると2.5倍もの違いがあったという報告も過去にあります。超大型犬の寿命が短いことは犬という生物として抗えない当たり前のことなのか、それとも遺伝的に何か原因があるためであり、それが改善できるものなのかなど、よくわかっていないのが現状です。
しかしここにきて、DNAメチル化解析により、その理由を説明する可能性があることが示されました。
そもそも、どうして異なる生物種は異なるスピードで老化をするのでしょう。エピジェネティックに関する研究は