文:尾形聡子
[photo from wikimedia: Dingoes from the Trumlerstation Wolfswinkel in Germany]
オーストラリア独自の野生の犬、ディンゴ。ディンゴはいわゆるイエイヌとも、イエイヌの祖先であるオオカミとも異なり、イヌ科の動物であるものの生物学上の分類についてはいまだ議論がなされています。最近の見解は以下を参照ください。
一見、ディンゴはプリミティブドッグのようですが、イエイヌと異なる特徴をいくつも持っています。それについて詳しくは五十嵐廣幸さんの「ディンゴというもの、そして日本の野犬の将来」をご覧いただくとして、たとえばその中には「穀物は食べず、低脂肪であるウサギなどを好む」とあります。
実は、穀物(でんぷん質)を消化する能力は犬が進化の過程で獲得したものであり、ディンゴはオオカミと同様にでんぷん消化酵素(アミラーゼ)をほとんど作れません。したがってディンゴは雑食性ではなく肉食であり、オーストラリア大陸の捕食者として位置しています。食性が違うだけではありません。人に依存せずとも何千年も生き延びてこれたのは、イエイヌやイエイヌ出身のビレッジドッグではうまく生き残れないような山奥の自然環境にも適応して生活できるからです。
いまだハッキリした生物学的分類はなされていないものの、こんなことからもディンゴはイエイヌとも違えばオオカミともまた違う、イエイヌ(以下、犬)へと進化する過程にある状態のオオカミである、というような見方もされています。
細かな分類は違っていても、これら三者はそれぞれ交配して子孫を残すことができます。異なる種が交配すれば、その子はハイブリッドとなり、純血種の個体ではなくなります。野生のディンゴを管理するには、その個体が純血のディンゴなのか、それともハイブリッドのディンゴなのか、はたまた犬が野生化したものかをチェックすることも重要なポイントとなります。
その指標として用いられていたもののひとつがディンゴの大きな頭蓋骨の形態でした。しかし最近の研究から、頭蓋骨だけで純血かどうかを判断するのは限界があるとされています。もうひとつ、外観からの判断として使われている指標が毛色です。ディンゴでもっともメジャーな毛色は柴犬でもよく見られる黄色〜赤系で、英語でginger(ジンジャー)と呼ばれています。ほかにはブラック&タン、ブラック、ホワイト(クリーム)が容認されているそうです。胸や足先、尻尾の先に白い毛のマーキングが入り、アンダーコート(がある個体の場合)はホワイト、クリームまたはグレー、瞳の色はダークブラウンになります。
ジンジャーをベースに黒い差し毛が入る毛色をセーブル(sable)といいますが、セーブルもディンゴで確認されています。以前はセーブルについては犬との交雑によりディンゴにもたらされた遺伝子だといわれていましたが、最近の研究からディンゴオリジナルのものであるとの可能性が高いと考えられるようになってきています。一方、ブリンドル、パーティカラー(白地に有色斑)などの毛色も確認されていますが、これらは犬との交雑を示す証拠、つまり犬とのハイブリッドのディンゴの証とされてきました。
しかし、本当に毛色でそのディンゴが純血か、それとも犬とのハイブリッドかどうかを判断することができるものなのでしょうか?オーストラリアのニューサウスウェールズ大学の研究者らが『Journal of Zoology』に発表した研究によれば、それらを区別することのできる毛色はないと結論しています。
[photo from wikimedia] とてもレアなホワイトのディンゴ。
ジンジャーの次にメジャーだったのが…!
研究者らは、1998年から2014年の間に野生の犬(ディンゴ、イエイヌなどのイヌ科動物)1,325頭から収集したDNAを用いてゲノム解析を行い、その個体がディンゴの純血なのか、それとも犬とのハイブリッドなのか、そして血の割合と毛色との関係を調べました。
研究者らは個体を①100%ディンゴ、②75%以上ディンゴ、③50〜75%未満ディンゴ、④50%以上犬(50%未満ディンゴ)、⑤100%犬の5つの区分に分類して解析した結果、ディンゴの血が半分以上の個体がほとんどで、100%ディンゴが27.4%(358頭)、ハイブリッドディンゴ(ディンゴの血50%以上)が72.6%であることがわかりました。ハイブリッドディンゴの72.6%のうち、ディンゴの血が75%以上なのが40.3%(526頭)、ディンゴ50〜75%未満なのが32.3%(421頭)でした。ディンゴ50%未満の個体は15頭、まったくディンゴとの交雑がない純粋な犬はそのうち5頭で、犬の血の方が濃い個体は全体からするとほんのわずかしかいませんでした。
毛色との関係を調べてみると、純血のディンゴとハイブリッドのディンゴを区別することのできる毛色はありませんでした。純血のディンゴとディンゴの血50%以上のハイブリッドディンゴの毛色全体ではジンジャーが53.5%、続いてブリンドル13.9%、ブラック&タン10.7%、セーブル8.9%、斑点6.2%、ブラック5.5%、ホワイト1.4%でした。すべてにおいてジンジャーが半数前後を占めていたことから、予想通りもっとも一般的な毛色でした。各毛色とディンゴの血の割合との間には、際立って大きな違いはありませんでしたが、これまで「犬の血が混ざっている」と考えられていたブリンドルや斑点についてはむしろ純血ディンゴに多く見られ、ハイブリッドディンゴの方が少ないことがわかりました。
ディンゴの毛色バラエティについては以下のリンク先の写真をぜひご覧ください。
これらのことより研究者らは、次のように結論しています。
「ディンゴはジンジャーの毛色、足先と尻尾の先が白いという一般認識がありますが、純血のディンゴは考えられていたよりも多様な毛色を持っていました。純血か犬とのハイブリッドなのか、犬の血の方が濃い(ディンゴ50%未満)個体かどうかを、これまでのように毛色だけで判断すべきではありません」
[photo from Wikimedia] 父親とその子たち。父親はうっすらと黒い差し毛が入っている(セーブル)。
オオカミになく、ディンゴと犬に存在する毛色の意味は?
かつての研究では、北米で観察されている黒毛のオオカミは、犬で起こった黒毛になる遺伝子変異が逆に犬からオオカミにもたらされたことが示されています。その黒毛になる変異遺伝子が犬の中で広まったのも、そして犬からオオカミにもたらされた後オオカミの間でも広まったのは、その変異した遺伝子が犬やオオカミの免疫力アップに働いたからと考えられています。つまり、生存価を高める方向に進化したためといえます。
犬の毛色のバラエティは人の選択繁殖により固定されやすいと考えられます。しかし、ディンゴは自然繁殖であるため、ディンゴと犬それぞれに共通する毛色については、両者にとってその変異遺伝子が適応的で価値のあるものだったからというふうにも考えることができます。
今回の研究でディンゴとディンゴハイブリッドと犬とに共通する毛色で、オオカミにはない毛色(ブリンドルや斑など)は、古くディンゴの祖先に起きた変異なのか、それとも犬の変異がディンゴに入ったものなのかは現時点では定かではありません。厳密にいえば、黒毛のオオカミは100%オオカミのDNAではないのと同様に、ディンゴにおいてもメジャーなジンジャーの毛色以外が犬から流入してきたものであれば、本来その個体は純血のディンゴとはいうことができません。しかし、今回の研究ではそれらの毛色の個体でも純血のディンゴであることが示されています。その辺り、まだまだ謎に包まれているのが現状です。
今回の研究の著者らは引き続きオーストラリア全土のディンゴのハイブリッド状態と毛色を調査し、毛色変異の起源、そして何が理由でその毛色が現存しているのかを明らかにしようとしているそうです。その謎が解明されれば、よりいっそう、犬の毛色についても理解が進むことが期待されます。
【参考文献】
・What the dingo says about dog domestication. Anat Rec (Hoboken). 2021 Jan;304(1):19-30.
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