文:尾形聡子
[photo from wikimedia] ”歌う”ニューギニアン・シンギング・ドッグ。
ニューギニアン・シンギング・ドッグはオーストラリアの北に位置するニューギニア島の東側、パプアニューギニア原産のとても古い犬種です。もともとは人と生活していた犬が山岳地帯に住み着き、野生化した犬でもあります。その名前にあるとおり、歌うかのような遠吠えの発声をすることを特徴としています(下の動画をご覧ください)。また、柔軟な関節と背骨を持ち、猫のようにジャンプしたり高いところに飛び乗ったりできます。
しかし、ニューギニアン・シンギング・ドッグは1970年代以降、野生での目撃は確認されておらず、野生の個体は絶滅したのではないかと考えられていました。現在、ニューギニアン・シンギング・ドッグはアメリカやイギリスなどの動物園や保護施設、一般家庭で飼育されている200〜300頭を残すのみ。限られた個体の中で近親交配が進み、絶滅が危惧されている犬種です。
ニューギニア島にはニューギニアン・シンギング・ドッグと非常によく似た見た目のハイランド・ワイルド・ドッグと呼ばれる野生の犬が現存しています。ハイランド・ワイルド・ドッグも人里離れた高地に生息し、とても用心深いため、これまでに2回しか(1989年と2012年)写真撮影されていないという珍しい犬です。
これまで、ニューギニアン・シンギング・ドッグはこのハイランド・ワイルド・ドッグから分かれて誕生した可能性があると考えられていました。それを科学的に証明するにはDNA解析が欠かせません。2016年、パプア大学とニューギニアハイランドワイルドドッグ財団がニューギニア島の高地に入り、15頭のハイランド・ワイルド・ドッグを確認しました。その時、糞便のサンプルを収集するもゲノム解析をするには不十分であったため、それから2年後の2018年に追跡調査が行われました。そこで3頭のハイランド・ワイルド・ドッグの血液サンプル収集に成功し、ついにゲノム解析のステップへと進むことになりました。
[Photo Credit: New Guinea Highland Wild Dog Foundation] ハイランド・ワイルド・ドッグ。
研究者らは、3頭のハイランド・ワイルド・ドッグ、16頭の保護下にあるニューギニアン・シンギング・ドッグ(アメリカとカナダ)のゲノム解析を行い、25頭の野生のディンゴ、そして161犬種1,346頭のゲノムと比較解析を行いました。
その結果、ハイランド・ワイルド・ドッグとニューギニアン・シンギング・ドッグは非常に似通ったゲノム配列で、ほぼ同じ遺伝的プロファイルを持っていることが示されました。ただし、解析対象となったニューギニアン・シンギング・ドッグは捕獲されて数十年間、アメリカなどのニューギニアとは離れた場所で、8頭という限られた頭数を始祖として繁殖が行われてきたためゲノムの多様性を失い、ハイランド・ワイルド・ドッグとまったく同じものではありませんでした。けれどもそれらのゲノムの類似性は、本質的には同じ犬種であること、野生のニューギニアン・シンギング・ドッグは絶滅していないことを示すに足るものだと研究者らはいっています。
また、ゲノム解析からこれら2種とディンゴは同じ系統樹の枝の元に位置しており、かなり早期に種として分岐したことが示唆されるものとしています。単に見た目が似通っているだけでなく、遺伝的にも非常に近い位置にいることが証明されたといえます。
[image from PNAS fig1] 左から、ハイランド・ワイルド・ドッグ、ニューギニアン・シンギング・ドッグ、ディンゴ。
そして、保護下にあるニューギニアン・シンギング・ドッグたちが長く続けてきた近親交配によって失ってしまったゲノムの多様性を、ハイランド・ワイルド・ドッグとの繁殖で取り戻していくことができるとも考えているようです。それと並行して、野生のパプアニューギニアの高地で絶滅することなくひっそりと生息を続けていたニューギニアン・シンギング・ドッグ(ハイランド・ワイルド・ドッグ)の保全のために、継続して研究を続けていくことが不可欠だとしています。
ニューギニア島の2,000メートルを超えるような高地という隔離された環境で生活してきたからこそ、地元の別の犬と交わることもなく、ひっそりと種を存続させることができたのかもしれません。2018年の調査の際には2頭の犬にGPSを装着して行動データなども収集できたようなので、現在の科学の知見を集結させて野生でも種を存続させていける状態を守っていって欲しいと思います。
【参考文献】
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