ディンゴというもの、そして日本の野犬の将来

文と写真:五十嵐廣幸

ディンゴと触れ合えるチャンス”Dingo open days meet our cubs”があると聞いてメルボルン中心部から車で1時間ほどにあるDingo Discovery Sanctuary and Research Centreに行ってきた。このイベントのタイトルに使われている”Cub”とはライオンやクマといった肉食獣の幼獣を意味する。ここで敢えて”puppy”を使わないのはディンゴがイヌ属ではあるが、犬種ではないからかもしれない。そう実はディンゴ(正式学名 Canis lupus dingo)はFCI 国際畜犬連盟に認められてなく、犬種図鑑に載ってないイヌなのである。

ディンゴってどんなイヌ?

「ディンゴって柴犬と関係あるの?」

ある参加者が質問していた。ディンゴは甲斐犬や紀州犬といったプリミティブドッグと同じ雰囲気を持っている。成犬の体高は平均60cm、体重は13kg~20kg前後。ディンゴの研究は現在も続けられておりその認識は一様とはいえないが、まずは、ディンゴについてDingo Discovery Sanctuary and Research Centreで聞いたことを中心にまとめてみる。

1) ディンゴは三種類に分けられる
・Tropical Dingo:暖かい地域に生息しているディンゴ。被毛は薄く、尻尾の被毛も他の種のディンゴよりも少ない。

・Alpine / Eastern Dingo:オーストラリアの南部、東部地域に住む。
トリプルコートというとても厚い被毛を持つ。キツネの尻尾の形に似た豊富な被毛に覆われた尻尾を使い子犬を包み寒さから守る。

・Desert/ Inland Dingo: 赤毛または白色の被毛を持つこのディンゴは、主に砂漠地帯に生息している。尻尾の被毛はTropical DingoよりもフサフサしているがAlpine / Eastern Dingoよりも少なめである。

2) 頭の幅が肩幅より広いこと。ディンゴの頭はその体のどの部位よりも大きい。

3) 前脚の手根関節と肘関節の可動域が犬よりも広く、手根関節を曲げて後方に伸ばすと肋骨脇にまで届く。

4) ヒゲを使ってハンティングをする。

5) 吠えることは稀でありhowling(遠吠え)をする。

6) 犬よりも比較的長い犬歯を持っている。

7) 穀物は食べず、低脂肪であるウサギなどを好む。1日の摂取量は350g~550g。

8) 出産は1年に1度。通常時は平均5頭であるが、雨が多いと2〜3頭といったようにその年の気候によって産まれる子犬の数が異なることが分かっている。妊娠期間は61~69日である。

9) 成犬になったオスのディンゴは他の成犬のオスと一緒に過ごすことは少ない。

これらが代表的なディンゴの特徴であり、私たちの飼っている犬と大きく異なる点が多いと言える。ディンゴはオーストラリア独自のイヌだと思われがちだが、タイやニューギニア島などでも同様のイヌが生息している。

ディンゴはペットになるか?

オーストラリア国内でもディンゴの飼育は州によって異なる。クイーンズランド州、サウスオーストラリア州、タスマニア州での飼育は認められておらず、ノーザンテリトリーや私の住むビクトリア州では飼育に特別な許可が必要だ。ウエスタンオーストラリア州、ニューサウスウェールズ州では飼育に許可は必要ない。シドニーが州都のニューサウスウェールズ州にあるSydney Dingo Rescueではディンゴのレスキューと譲渡を行っており、ディンゴの特性を以下のように明確に表している。

  • 高さ2メートルのフェンスを登ってしまいます
  • 最低でも深さ1メートルの穴を掘ります
  • とても高いPrey drive(捕食欲求)を持っています
  • 寂しい時や退屈な時はHowl(遠吠え)をします
  • 多くの見知らぬ人を嫌います
  • Rehome(引っ越しや飼い主が変わること)は大変難しいです
  • 成長しても犬にはなりません
  • 訓練は簡単ではありません
  • 呼び戻しは上手に出来ません
  • 猫やウサギといった小動物とは仲良くできません

またフェンスや飼育小屋などの飼育に必要な条件については次のように書かれている。

  • カラーボンド社製の高さ2.2m以上のフェンスで、場合によっては高さの延長が可能であること
  • 飼育小屋のフェンスには最低1.8mの高さがあり完全に上部を覆うか、内側に45度の角度を保ち長さ60cmのフェンスで脱走を防ぐこと。広さは最低25平方メートルを確保すること

Dingo Discovery Sanctuary and Research Centreの様子。

ディンゴはその姿が犬に似ているがゆえに犬としてみてしまう人が多いが、その特性やフェンスのあり方をみても犬とは違うと改めて言える。

害獣としてのディンゴ

ディンゴフェンスと呼ばれる長さ5,000km以上(ちなみに北海道稚内市役所から、沖縄県那覇市役所までの車での最短距離が約3,130km)の柵がサウスオーストラリア州、ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州の3州を横断している。ディンゴはこのフェンスの片側でのみ自由に暮らすことができる。なぜならディンゴは家畜を襲うため、その被害をある程度に抑える必要があるためだ。このフェンスによって羊の被害は減少した。しかし増えすぎた野生のカンガルーや野ウサギなどが食べる牧草地の草へのダメージ、農作物の被害も深刻な問題である。

水辺に住むクロコダイルや、死んだ動物をたべるタスマニアデビルなどの肉食獣を除けば、ディンゴはオーストラリアでの捕食者の頂点にいると言ってよい。つまりディンゴによってオーストラリアの生態系のバランスが保たれているとも言える。しかし一方で、ディンゴはオーストラリア固有種ではないという考えもあるために、フェンスによってディンゴを隔離すること、フェンス付近に毒を撒いてディンゴの数を減らすこと、増えすぎたディンゴを駆除することも行われている。1880年代に建てられたこのフェンスのあり方について、学者や畜産業、農業を営む人の討論が続けられている。

和製ディンゴ?保護計画

私はディンゴの役割や彼らのいる環境を知るうちに、あることをイメージした。

一つは ”オオカミの再導入” と呼ばれるものだ。アメリカのイエローストーン国立公園周辺にはかつて多くのオオカミがいたが、1973年に「絶滅危惧種」に指定された。オオカミが減るにつれアカシカが増え、その土地の生態系(特に植生)は大きなダメージを受けた。1995年、96年に生態系回復のために合計31頭のオオカミが同公園に放された。2015年12月の報告によると11パック、最低でも104頭のオオカミが確認され生態系は回復しつつあるという。

もう一つは、日本の野犬の問題だ。日本には野山で生まれ育った野犬が沢山いて、「親子三代生粋の野犬です。」というような犬が地方には沢山いる。私はそれら野犬をチワワやゴールデンレトリーバーといった家庭犬などと一括りにして保護犬とすることには無理があると思っている。また人に飼われるということがその野犬(すべての野犬ではない)にとってストレスになることも容易に想像できる。

野犬としてのQOL(生活の質)を考えると、人に飼われ、散歩という行為以外で外の世界に出られないでいるより、保護された野犬たちをどこかの無人島や山に放してあげることは出来ないだろうか?生まれ育った山に近い環境で自由に行動しながらその寿命をまっとうできないだろうか?などという思いに至る。もちろんそれらの場所には、人間社会や飼われているペット、家畜などと接触ができないような頑丈なフェンスを設け、そのフェンスの管理も定期的に徹底して行う必要があるだろう。放す犬の去勢・避妊などで犬の数を管理することや、野犬としての健康チェックや治療、餌を与えることの是非など検討すべき課題も多いだろう。

保護犬を殺処分させたくないという思いが強いばかりに、保護犬頭数の増加に対して慢性的なボランティア不足になっている。そして保護犬頭数の増加とともに保護施設の維持費は膨れ上がっていく。このままでは保護活動の先が見えてこないのではないか、少しずつ現状に無理が生じてきているのではないかと私は一抹の不安を抱く。また保護された野犬も、その犬に適した飼い主が見つかれば良いだろうが、飼い主が見つからなければ犬は再び野山を疾走することなく、施設の中でその犬生が終わってしまう場合もあるだろう。保護することでその犬の暮らしが奪われているとも感じることがある。

長さ5,000キロのディンゴフェンスの修理費は1年間で約1億円かかるといわれている。日本のある保護団体は年間10億円近い運営費用がかかると伝えている。日本全部の保護団体の管理費や、ドリームボックスと呼ばれる殺処分にかかる費用を合計したら一体いくらになるのだろうか?

それらの予算の一部を使って、人が飼うことに適さない野犬を殺処分することなく、野犬として暮らしながら寿命を終えるような環境を私たちは作ることができないものだろうか?

ディンゴを飼うことは不可能ではない。しかし飼われることが必ずしも幸せになるとは限らないイヌ、犬がこの世界にはいるのだと思う。我々人間に飼われることよりも、自由にその土地を行き来して毎日を過ごすほうが、彼らには大事なのではないだろうか?私はディンゴセンターへ行き、このようなことを考えるに至ったのだった。

【参考サイト】

Australian Dingo Foundation

【ディンゴフェンス 参考サイト】

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文・写真:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ