イガゴロウとオーストラリアの遊快な仲間たち その1  

海洋哺乳類研究者及びドッグ・トレーナー、ホセ・ゴメスさんにインタビュー

インタビュアー:五十嵐廣幸、写真提供:Jose Gomes

左がホセ-ゴメスさん。イガちゃん(写真右)のシリーズ、今回から始まります。[Koala photo by Mike’s Birds ]

コアラにカンガルー、オーストラリアはその豊かな自然により特徴づけられるものだが、それだけではない。様々な文化的特徴を有する民族がお互いの多様性を尊重し共存している国でもある。そんな多文化社会はドッグトレーニングにも大きく影響を与えている。イガゴロウこと私、五十嵐廣幸の第1回「イガゴロウとオーストラリアの遊快な仲間たち」は“イルカと同じ方法で犬のトレーニングをしよう”をモットーにしているポルトガル出身、メルボルン在住のホセ・ゴメス (Jose Gomes) さんのへインタビュー。ホセさんはドッグトレーナーだが、その前歴はなんと海洋生物学の研究者でもあったのだ。

五十嵐(以下I): これまでにも同じような質問を受けてきたと思うのですが、ポルトガルで海洋生物学のMaster’s Degree(修士号)を取得したホセさんが、どうして犬のトレーニングをしてみようと思ったのか、お聞かせください。

ホセさん(以下J): 私は以前から海洋哺乳類に強い興味を持ち、大学では行動変容(Behaviour modification =行動を変えること)を長く学んでいました。海洋動物の研究で得たトレーニングの手法を自宅の犬や猫にも試してみよう、そう思ったのが始まりです。

I:それは興味深いですね。一体どんなテクニックだったのでしょうか?また研究ではどのような海洋動物が対象だったのですか?

J:2009年にポルトガルで行った海洋哺乳類の研究では、アシカやセイウチといった鰭脚類を多く扱いました。トレーニング手法は愛犬家の皆さんなら一度は耳にしたことがあるPositive Reinforcement(正の強化法、褒めたり報酬を与えることである行動を強化するトレーニング方法。詳細はこちらです(「ポジティブという言葉の響きに流されないで」)。この方法を使ったことで、ほとんどの動物たちは採血やレントゲン撮影といった研究に必要な医療処置を嫌がることなく受けてくれたり、日々の歯磨きなどにも進んで協力してくれるようになりました。正の強化法によるトレーニングは同時に、体を動かしたり頭を使うので、脳への刺激になり、動物へのエンリッチメントにもなりました。ご存知の通り正の強化法の大きな特徴は、動物たちがトレーニング自体をとても楽しみにするということですよね。また彼らのハッピーな気持ちは世話をする人間側の大きな幸せや充実感にも繋がりました。あの時の気持ちは今でも忘れません。

I:ホセさんのウェブサイトには「アシカやイルカと同じ方法で犬をトレーニングしてみよう」とありますよね。犬とイルカの訓練方法に共通していること、また違いがあれば教えてください。

J:行動変容の方法は哺乳類だけでなく、爬虫類や鳥類などあらゆる種で有効だと考えています。たとえば私がクリッカーを使って犬にクレートに入ることを教えるとしましょう。最初に私が考察するのは、犬がクレート入った時と入らなかった時の比較です。そしてこの先、犬がクレート入るには何が必要なのか、またその確率を高くするためにはどうしたら良いかを考えます。もちろん犬が自らクレート入りたいと思うようモチベーションを高める努力を怠ってはならないのは言うまでもありません。場合によっては犬をクレートまで導く必要もあるでしょう。犬がクレートに入ったら、クリックしてトリーツを与えます。次のステップはクレートに入っている時間を長くすることが目標になります。この方法は、アシカに特定の場所に行くようにという行動を教えるときと何も変わらないのです。ただしクリッカーの代わりに笛を使い、褒美は生魚ですけどね(笑)。

ホセさんは猫もトレーニングする。

I:ホセさんのドッグスクールTrain me pleaseには、どのような依頼が多いのでしょうか?

J:様々な依頼がありますが、一番多いのが他の犬に過剰に反応する犬へのトレーニングです。また子犬を飼い始めたばかりの人たちや、正の強化法がどういうものか、興味を持つ飼い主からの依頼も増えてきています。

I:レッスンではどんなことに気をつけていますか?

J:ハンドラーが前向きに犬との友好的な関係を作ること。それによって犬の行動を望ましい方向へと導けるようにするのを大事にしています。生徒さんとは最初に犬を取り巻く環境のあり方を話し合います。その次に、どんなところでも犬に望む行動を取ってもらえるよう、環境をいろいろ変えてみます。いろいろな状況で試すことで、希望する行動が般化されていきます。

犬も私たちハンドラーも様々な環境下で練習をすることが不可欠です。しかしそれらの環境作りは飼い主さんだけでは難しくとても手間がかかるので、レッスンを通して私がサポートをしているのです。

I:日本では家族が絡む相談が犬のトレーナーに寄せられることが多いんですよ。たとえば、子供が犬を欲しいと言ったので飼い、でも結局夫も子供も世話しないで、奥さんだけが任されどうしよう、というような。でも、日本だから終生飼養を徹底しろという感じです。ホセさんなら、どんなアドバイスをしますか?

J:犬を迎え入れるという決断は家族みんなでしたと私は考えます。子供たちが「絶対犬の面倒を見る」と約束したのであれば、いくらクラブ活動や遊びなどで忙しくても、子供がするべき犬の面倒を親が代わりに引き受けるのは好ましくないでしょう。特に子供たちは十分に犬の面倒を見られる年齢であれば、犬の世話を続ける責任を子供に与えるべきです。

たとえば家族でこの犬のためのちょっとしたプロジェクトを計画しては、と僕ならアドバイスしますね。お母さんが子供たちを犬の散歩に誘ってみたり、できるならスクールなどに入って子供たちと一緒に犬のアクティビティを行う。そしてお母さん自身も犬の世話を楽しむことです。なぜなら、もしお母さんが犬の世話を快く行わなければ、子供たちも進んで犬の面倒を見ないでしょうから。もし子供が外に出たくないと言うならば、子供たちは犬と一緒にソファーの上で遊ぶなどして過ごさせてみてはどうでしょうか。そうすれば、お母さんは家事をしながらでも、その様子を見ていられるはずです。

そしてなるべく早く適切な犬の行動コンサルタントを見つけて家族と犬との素晴らしい関係を築く努力をするべきですね。もしそれらすべてを試みたにもかかわらず、家族の誰も犬の面倒を見ようとしないのであれば、最終手段としてその犬を愛してくれて、しっかり面倒を見てくれる別の家族を探すことを検討した方がいいかもしれません。

I:では最後の質問です。ポルトガル、アメリカ、そしてオーストラリアで活躍されているホセさんですが、各国の犬のトレーニング事情や動物福祉で気づいたことがあれば教えてください。

J:これは私の個人的な体験であり、私が住んでいた場所や地域も関係しているので偏った意見になるかもしれませんが、一般的な印象をお話ししますね。まずポルトガルでの正の強化法を使ったトレーニングは始まったばかりで、まだ道のりが長いでしょう。今後5年から10年の間で少しずつでもいいから良い変化が見えてくればと期待しています。

アメリカは国土が広大で訓練方法だけでなく犬への法律も州で違うため、場所によって見方が大きく変わり、なんとも言えません。ちなみに私は南アフリカにも2年間住んで楽しい経験を沢山しました。動物へのトレーニングは開けてきていると感じますが、残念ながらポルトガルと同様に子犬期の社会化の重要性が浸透しておらず、人々は犬のトレーニングにそれほど多くの時間を割かない傾向にありますね。

そして現在住んでいるメルボルンでは、正の強化法を使ったトレーニングが広まっていて、全般的に犬たちはとても良い暮らしをしています。メルボルンの人々は、”犬は家族の一員”と見なしているので、ドッグトレーナーに対してもとてもオープンで協力的な印象があります。また私を含め多くのドッグトレーナーが獣医師と協力して動物病院などでパピークラスやハズバンダリーレッスンをしている結果が社会に反映されているようです。

I:ホセさん今日は貴重なお話をありがとうございました。

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インタビュアー:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ