文と写真:尾形聡子
テラカニーナとの共同主催でドイツPRO-DOGのトレーナー陣を招いてのセミナーを開催したのが今年の1月のこと。そこに参加してくださった日本ペットドッグトレーナーズ協会(JAPDT)理事長の真壁律江さんとのご縁がきっかけとなり、今年8月30日から9月1日の3日間にわたり開催された「第14回 JAPDTカンファレンス」にPRO-DOGのオーナーでトレーナーのジモーネ・ポールさんとアルシャー京子さんが講師として招かれました。
年に1度、3日間に及ぶJAPDTカンファレンスはドッグトレーナーのための「国内最大のイベント」。トレーナーの方はもちろん犬業界に関わるさまざまな方が参加され、第14回目となる今回は3日間でのべ360人もの参加になったそうです。スーツケースを転がしながら会場入りする姿もあちこちで見かけ、JAPDTカンファレンスには日本各地からトレーナーさんたちが集まってくる、「年に1度の楽しい夏祭り!」さながらの熱気あふれる場となっていました。
今回のレポートでは、2日目に行われたアルシャー京子さんの『ドイツの「犬の飼い主免許制度」』と3日目のジモーネ・ポールさんの『狩猟行動の制御を学ぼう』の講演の様子を簡単にご紹介したいと思います。
ドイツの「犬の飼い主免許制度」:アルシャー京子さん
ドイツには「犬の飼い主免許制度」たるものがあること、ご存知でしょうか。これは自動車の運転免許証のように犬を飼うすべての国民に課されているものではなく、現在は州単位で導入されている独自の制度となっているそうです。義務とされているのがニーダーザクセン州、任意とされているのがベルリン州、バイエルン州、ラインランド・プファルツ州になります。
講義では、犬の飼い主免許の実技試験官でもあるアルシャー京子さんから、犬の飼い主免許制度が導入されることになった事の発端から導入をめぐっての論争、免許交付の流れ、ヨーロッパ近隣諸国の状況などについてのお話がありました。
犬の飼い主免許制度導入までの経緯
犬の飼い主免許制度導入のきっかけとなったのは、2000年、2頭のピットブルによる幼児の咬傷死亡事故が起きたことでした。そこからあっという間に「危険な犬種」としての先入観がヒステリックなまでにドイツ全土に拡大。ピットブルや土佐闘犬などの闘犬種やマスティフ系犬種、ロットワイラーやドーベルマンなどの大型犬種が危険犬種とされることになりました。その後、ドイツ国内で危険犬種を飼うには許可が必要となり、輸入も禁止されるまでに。
しかし、危険犬種とされた犬すべてが危険なわけではなく、当然それらの犬種のファンシャーたちから反発の声が挙がりました。危険犬種と定められ、それに伴いさまざまな規制が課せられるのは不当だと、国を相手に訴訟が起こされます。最高裁で「危険犬種を見直す必要がある」と判決がくだされたため、「犬の飼い主免許」が危険犬種の飼育規制にかわるものとして導入されることになったのです。
しかし新たに制度を導入しようとなると賛否両論が巻き起こるのは想像に難くないこと。そもそもすべての飼い主と飼い犬に対して義務化すべきなのか?それとも特定の飼い主と犬だけでいいのか?免許制度の仕組みを作る側にとっても、飼い主が免許を取得するためも、時間も費用もかかってしまいます。筆記と実技からなる飼い主免許のテストができあがっても、それを実施できる試験官の数が足りない…といった数々の問題がでてきました。
導入にあたってはこのようなさまざまな困難、つまりデメリットが生ずるわけですが、とはいえデメリットだけでなくメリットも生じてきます。
「メリットの中でもっとも重要なのは、飼い主に知識と責任感を持たせること」
だとアルシャーさんは言います。これには「人と他の生き物を含む社会全体への知識と責任」そして「適正な犬の飼養への知識と責任」とが含まれています。
「ただ単に犬の知識があればいいかといえばそうではありません。社会性も問われます。たとえば犬の糞を放置していたら、飼い主として責任ある行為かと社会から問われることになります」
さらには免許を導入するメリットとして、安易に犬を飼うことへの抑制になるのは言うまでもありません。また、「こんなことが起こるなんて…」とならないような知識を持ち、対応することもできるようになります。実質的なメリットとしては、免許取得による犬税が免税または優遇されたり、公道での犬のノーリードが許可されることが挙げられます。
どんな試験が行われるの?
飼い主免許の試験を行う団体は8つ。州によって公認団体が異なりますが試験内容は同じようなもので、筆記と実技試験が行われるそうです。
実際に犬の飼い主免許取得のための筆記試験はどのような問題が出されるのか気になるところです。試験は択一方式(4肢択一)で35問。アルシャーさんより紹介いただいた試験問題を以下に出しますので、皆さんどれが正解か考えてみましょう。
問1 以下のうち動物保護的に懸念されるのはどれか?
A) 週に1回遊んでもらえる
B) 週に1回外でノーリードで遊べる
C) 檻の中だけでの飼育
D) 他の犬の匂いを嗅ぎに行ってはいけない
問2 以下のうち正しいのはどれか?
A) オスは基本的に8歳以上で生殖能力がなくなる
B) メスは生涯生殖能力を持つ
C) メスはヒート初日から交配可能である
D) メスはヒート11-13日目のみ受精可能である
いずれの問題も、飼い主として犬と暮らす上で知っておくべき知識だと思いませんか?ちなみに正解は問1がC、問2がBになります。
実技試験を受けるには、筆記試験に合格している、12ヶ月齢を超えている犬であることが条件となります。試験時間は2、3時間。実地試験は1頭ずつ行われ、飼い主として「犬のコントロールができること」を示さなくてはならず、決して「犬が何ができるか」を見るものではないそう。とはいえやはり、基本的な服従(座れ、伏せ、待て)は必要で、カフェで伏せて待つことができるか、ほかの犬や歩行者への反応などがチェックされるようです。
「先ほども言いましたが、実際に犬を飼養するにあたっては『人と他の生き物を含む社会全体への知識と責任』そして『適正な犬の飼養への知識と責任』とを持つことが大切です。ですから、それを判断するに見合うしっかりとした問題を作成し、実技試験を判定できるような犬の専門家集団がいなくてはなりません。飼い主免許のもっとも大きな目的であり、それが持つ意味は、飼い主が筆記と実技の試験を受けるための準備をすることなんです。それをするかしないかで、後々の生活がまったく違ってくるものなのですよ。飼い主免許制度の導入で期待される最大のメリットは、飼い主の意識と責任感向上による社会へもたらす影響になるでしょう」
狩猟行動の制御を学ぼう:ジモーネ・ポールさん
狩猟行動はどんな犬にも同じようにみられる行動なのでしょうか?
犬には程度の差や出方の違いこそあれ、本能的に狩猟欲があるとジモーネさんは言います。講義では、狩猟行動の定義からはじまり、犬種によって異なる特別な狩猟分野のタイプ、狩猟行動を制御するためのスペシャルトレーニングのやり方についてのお話がありました。通訳はアルシャー京子さんでした。
狩猟行動とは?
そもそも狩猟行動とはどのような行動のことを指すのでしょう。知られているようで実はあまり知られていない、狩猟行動についての丁寧な解説がありました。狩猟行動は獲物を攻撃する際に必要な、生き残りに不可欠な遺伝的な正常行動になります。
「まず、狩猟行動と攻撃行動とを混同して考えないようにしてください。狩猟行動=攻撃行動ではありません。あくまでも狩猟行動は、獲物を追いかけて捕まえてそれを食べるという目的のもとに行われる一連の行動になります。攻撃行動は刺激となる対象との距離をあけるために攻撃したり防衛したりする行動、狩猟行動は刺激となる対象との距離を詰める行動で、まったく逆の方向性なのです」
獲物を捕獲するという必要性を犬は先天的に持っているため狩猟行動は突然現れるようなものではないそうです。ちなみにドイツではこれらの行動を狩猟行動とは言わずに、捕食行動という言葉に置き換えて使うようになっているそうです。
少なからず犬に備わっている狩猟行動
狩猟への情熱は5つの要素が大きく関係してくると言います。まずは遺伝的要因。犬種によって狩猟行動の出方が異なってくるのは遺伝的要因があるからこそ。
さらには空腹、暇を持て余している、狩猟能力を発揮する機会がある、学習といった要素が加わり狩猟への情熱が掻き立てられていきます。つまり、狩猟行動は遺伝と環境と学習の行動による結果として現れてくるものなのだそうです。
「どんな犬にも多かれ少なかれ狩猟欲はあります。そしてそれは犬自身の気持ちというよりも脳内で管理されているものだと考えてください。なので狩猟行動をコントロールするには狩猟欲を満たすための代わりをある程度提供することが必要です。罰を与えることでは狩猟行動をやめさせることはまず無理です。そもそも犬に罰を与えると人間との信頼関係が崩れてしまいますし、あまりいい効果は見込めないものです」
狩猟行動がでてくる引き金となるものは3つ、動くものが刺激になって捕食行動があらわれる場合(視覚的トリガー)、草のガサガサという音やピーピーといった鳴き声などが引き金となる場合(聴覚的トリガー)、野生動物の匂いや血などの特定の匂いが引き金になる場合(嗅覚的トリガー)があります。しかしこれらのすべてが狩猟行動を引き起こすために必要とされるわけではなく、それは犬種によって異なってきます。
また、獲物を捕獲するまでに現れる行動には段階があり、順序があります。最初に必ず獲物の位置を確認することが必要です。通常の流れでは、その後視覚的固定⇒忍び寄り⇒追跡⇒捕獲⇒咬殺⇒断裂となっていますが、犬がこの一連の行動をすべてあらわすことはまれで、たいていは一部が強調されていたり、抜け落ちていたりしていて、獲物を捕獲するに至らず途中で終了することになるそうです。
さまざまな狩猟タイプの犬
狩猟行動が特化したさまざまな犬種が存在しています。まず、獲物を捕獲して持ってくるレトリーブ・ドッグ。代表的なのはレトリーバー6犬種。またプードルもレトリーブ・ドッグに属する犬種になります。これらの犬種は主に撃ち落された水鳥を回収する作業を行うため、獲物を傷つけないように優しく口にくわえることができます。
ハウンドタイプの犬種には、ビーグル、ローデシアン・リッジバック、日本ではなじみのないブラケといわれる犬が相当します。南ドイツの方ではよく猟に使われているブラケは根っからの猟犬だそう。そのため家庭犬として家の中で過ごすことにまったく向いていない犬種だそうです。これらのタイプの犬は長時間獲物を追跡し続けることを得意とします。
ポインタータイプの犬種はポインター、ワイマラナーやビズラなどで、体が大きくて行動範囲が広く、一定のスピードで獲物を探し回ることができます。このタイプの犬たちはハウンドタイプのように獲物を見つけても吠えることはなく、獲物を見つけたら猟師がくるまでその獲物をずっと見続けるという行動をとります。そして猟師がきたあとに犬は獲物を飛び立たせたり追い立てたりします。
ダックスやテリアなどのアース・ドッグというタイプの犬たちは地下に巣をつくる動物たちを獲物とする犬種です。これらのタイプの犬たちは情熱が強く、獲物をつかまえたら殺してしまうくらいの勢いがあります。ダックスは地下でアナグマを見つけたら吠えてその場に留めておこうとし、テリアは穴に入ったキツネなどを追いかけ、別の穴から地上に出すというような行動をとります。犬が地下に潜ったままの場合は、地下で獲物を留めておくときに出す声を聞いて猟師が犬の居場所を知ることができる、という利点があります。
ドイツ語でStöberhund(草原や茂みを漁るように駆け回り獲物を追い立てる犬たち)と呼ばれる犬たちはスパニエル犬種のコッカー(英語圏ではフラッシング・ドッグと呼ばれる)、コイケルホンディエなどになります。獲物を探すためにフィールドをスキャンするかのようにジグザグと走り、深い茂みの中でも作業ができるのが特徴です。また、猟師が撃ちやすいように獲物とある程度の距離をとるという性質があります。
さまざまな狩猟タイプの最後はサイトハウンドとポデンコ。ポデンコは日本では珍しく、いたとしても非常に頭数は少ないはずです。見た目はサイトハウンドと似ていますが遺伝的には離れていて、犬の中で唯一、目と耳と鼻すべてを使って猟をするタイプの犬種だそう。このタイプの犬種はウサギを追うのを得意としています。家庭の中ではとてもおとなしいものの、いったん外に出れば猟犬。動くものを見つければすぐにそれに反応します。
ジモーネさん(中)、アルシャーさん(右)、そして3日目に講義をされたCan ! Do ! Pet Dog School専任インストラクターの川原志津香さん(左)と。
たっぷり時間を使って狩猟行動についての説明をうけた後に、狩猟行動をコントロールするためのスペシャルトレーニング、実践の話へとうつりました。とびきりのおやつを用意してのトレーニングは狩猟行動をガツンと抑え込んでしまうようなものではなく、その欲求を満たしながら、獲物を前にしてもストレスなく自ら行動を制することができるようになるためのもの。段階を追ってのトレーニング方法について、とても丁寧な解説がありました。
今年1月に行われたPRO-DOG特別セミナー、そして今回のジモーネさんの講義を通じて、実践に入る前に理論やエビデンスをこれでもかというくらい丁寧に説明をしてくださることのありがたさを再認識しました。しっかりとした知識を持ち理論を理解してこそ、どうしてそのようなトレーニングが必要となってくるのかがわかり、1頭1頭それぞれ違う犬に対して柔軟に対応していけるのではないかと思います。
自らの愛犬の見せる行動が何を意味するかを知るのはとても大事なことだと思います。トレーナーについているならば、彼らが何を意図してどのようにトレーニングを進めているのかへの理解にもつながっていくでしょう。それがひいては、犬をなるべく混乱させることなく、効率的にトレーニングを進めていく可能性を高めるとも言えるのではないでしょうか。
トレーナーでなくても犬と暮らす人ならば、年に1度の3日間、JAPDTのカンファレンスに足を運んで集中的に勉強してみるのも多くを得られる充実した時間となりそうです。
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