文と写真:藤田りか子
犬事情のことをほとんど知らない母が、スウェーデンから送られた私のレトリーバーの写真を見て
「この犬、どうしていつも袋みたいなものをくわえているの?」
と聞いてきたことがある。これには吹き出してしまった。その「袋みたいなもの」は、犬トレーニング世界で「ダミー」と呼ばれているキャンバス布でできた物品であった。ガンドッグ(鳥猟犬)のトレーニングに多少なりとも興味があれば、誰もが少なくとも一つや二つは持っているはず。「持って来い」練習に使う定番アイテムだ。ダミーという言葉の本来の意味は代替品。すなわち、落ちた鳥の代わりに用いられるトレーニング用品、ということになる。ただし、これを犬のおもちゃとして買う人はあまりいないだろう。何しろ地面に叩きつけても、転がりもしなければ跳ねもしない。だから一般的にはあまり知られていない。
ダミーと一言に言っても、様々な大きさやカラーそしてタイプがある。ここではスペースの都合上すべてを紹介することはできないが、それなりに「オタク」っぽく深入りできる世界で楽しい。アシカが子犬の頃、部屋の中で持って来い遊びを試した時は15cmぐらいの子犬用ダミーというものを使った。重さはおよそ100〜200gで、簡単に持ち運びできる。多くのダミーには取っ手というか投げやすいように紐がついている。しかし子犬用ダミーには紐をつけない。投げる必要がないからではなく、子犬の中には物を注意深く取ろうとするあまりに紐のところを恐る恐るくわえる子がいるから。獲物をくわえる時は端っこを持ってはダメだ。重さのバランスが取れなくなり、途中で落としてしまう。回収物の真ん中をくわえる、という癖をつけてもらわないと…。もう少し犬が成長してきたら、500gや1kgのダミーへと移行する。さらに2kgとか3kgダミーなんてものもある。これは実際の獲物の重さに慣らすため。何と言ってもカナダガンなどは5kgぐらいの重さがある。
ダミーと一言にいっても様々な大きさ、カラーやタイプがある。
ダミーには色のバリエーションもある。もっとも一般的なダミー・カラーは薄いグリーンやオレンジなのだが、最近はパステルカラーのブルーやピンクのものもあり、以前より可愛いものも現れた。これは女性のハンドラーがこの世界に多くなったことを示唆しているのかもしれない。とは言っても、伊達に色が付いているわけではない。いくつかの色にはそれなりの意味があり、トレーニングのレベルに応じて使い分けできる。
犬にとって青いダミーは視覚的にも探しやすい。
まず、回収作業が初めての若犬をトレーニングしているのなら、青いダミーを使うのがおすすめだ。まだ探す、ということに慣れていない犬は多少なりとも視覚に頼る必要もあるからだ。犬の色覚からすると青は割合はっきり見えている色である(「犬の見る世界に鮮やかな赤や緑は存在していない」を参照)。しかし実際の狩猟では視覚ではなく嗅覚に頼らなければならない。藪や草の高く生えたところに獲物は落ちる。なので、トレーニングが進むとオレンジなど犬にとっては灰色にしか見えないものを使い、視覚のコントラストを落として難しくさせる。と、犬はより嗅覚に頼ってダミーを探すようになる。
ただし、犬が見つけ出せなかった場合、ややもすると人がダミーの回収を行わなくてはならないという羽目にも(ダミーはそれなりの値段がするものだし)。困ったことにオレンジは意外に探し出すのが難しい。使っているうちに泥などがつき色が褪せやすい。人にはっきりわかって犬にはやはり灰色にしか映らないカラーは、赤。というわけで、赤いダミーは好まれて使われているものだ。
上の写真にある白と黒のツートンカラーのダミーは、初心者犬のマーキングの練習に使うものだ。レトリーバー世界における「マーキング」というのは、鳥が落ちるところをちゃんと見定めてどこに落下したか犬が覚えておく技能である。なぜツートンカラーなのかというと、コントラストがはっきりしているため。犬も視覚に頼ってきちんと落下を見届けることができるからだ。実際ツートンカラーのダミーはマーキング用ダミーとも呼ばれている。マーキング用ダミーにはさらに長いヒラヒラとしたリボンが付いているものもある。落下するときにリボンがたなびくので、犬に視覚的刺激を与えやすい。
ダミーにリボンをつけるとたなびくので、落下するとき犬の目につきやすくなる。
ダミーに色がついているのは、もう一つ人にとっても覚えやすいというメリットがある。マーキングではなく純粋に「探す」というトレーニングをしているときは、探せる確率を高めるためにいくつものダミーを広範囲に散らばせておく。その時に全て同じ色のダミーだと、どこのどれを回収したのかわからなくなってしまう。草原や茂みでトレーニングをしている時は、実際に自分でもどこにダミーを投げたのか覚えてないことも、しばしば。もっとも色に頼らずともダミーにナンバーを振っておくことで、識別は可能だ。ナンバーの低いものは自分に近いところに、という風に決めておくと、どの範囲で犬がダミーを探したのかトレーニングにおいても良い指標となる。
ここではあたかもレトリーバーの為にダミーのことを書いているような印象を受けられるかもしれないが、持って来いの遊びに犬種の境はない。ミックスでも小型犬でも大いにダミーを使って「持って来い」遊びをするのをオススメする。これはいわばアウトドアにおける究極のノーズワークでもあるからだ。頭脳体操にピッタリであるのは言うまでもない。ただし初めて持って来い遊びする犬については物品の色について気を配れたい。
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