「犬は自然に走る生き物。怪我することを恐れすぎないで」~獣医師、長坂佳世さんインタビュー(3)

文と写真:尾形聡子

犬猫のリハビリテーションを専門とする『D&C Physical Therapy』の院長であり、獣医師の長坂佳世さん。インタビュー最終回では、日常生活でのチェックポイントや、長坂さんが獣医師生活を続けて感じてきたことなどを紹介したいと思います。

日常生活の中で気を付けられることは?

日々の生活の中で愛犬の健康をチェックすることができるポイントをうかがってみました。

「もともと尻尾を上げていた犬が尻尾を上げなくなったり、上げようとしているのにもかかわらず上がらなくなっているようなら、それは年齢のせいではなく尻尾の付け根のヘルニアである可能性が高いですね。また、その時の体のバランスのとり方によりますし、巻尾の犬にはあてはまりませんが、いつも尻尾が中心から左右どちらかに偏っていることがあります。それは四肢に体重が均等にかかっていないためであり、どこかが痛かったり不安定になっている可能性があります。すぐに何かの病気がでてくるわけではないと思いますが、長い目でみると何か発症するかもしれませんので、早い段階で獣医チェックを行っていくようにするといいと思います。」

尻尾の状態は健康バロメーターのひとつのようですので、毎日どのような状態かチェックするよう癖をつけるといいですね。

「訓練する時に犬は人の決まった側につけますよね。ずっと同じ側から人を見上げ続けているせいで、姿勢のバランスが崩れてしまっている犬がいます。ですので、訓練時間が長い方は、たまには反対側にもつけて欲しいと感じています。」

いつも同じサイドから飼い主さんを見上げ続けると、逆方向に首が曲げにくくなるくらい首の筋肉が凝り固まってしまっている状態になることもあるのだそう。

「犬に決まった姿勢を強要することは、普段の生活の中ではこれくらいしかないと思うんですよ。けれども犬は一度姿勢を改善すると、いい姿勢のまま動き続けることができるという特徴があります。人の場合ですと車の運転やパソコンなど、同じ姿勢を強要されることが多いのですが、犬はそうされることが少ないからでしょう。姿勢はなるべく左右均等になるようにしたほうがいいと思いますので、わきにつけるときも左右均等にできるといいのではないかと訓練士さんとも話をしています。」

そして、日々の運動と体重管理の大切さについても話は及びます。

「成犬の2割以上が関節炎を持っているといわれているのですが、症状が出ている犬がどれだけいるかというと、そのうちの半分もいないというデータもあります。飼い主さんもまったく気づかず、獣医師から指摘されたこともなく、もちろん犬も痛がっていない場合でも、別の病気の疑いでレントゲンを撮った時にたまたま関節炎が見つかった、ということがよくあるんです。」

あくまでも画像に関節炎がでているだけであり、必ずしも痛くないそうなのです。

「ですので、基本的にどんな犬でもみな関節炎を持っているという前提で考えていただけるといいかと思います。その中でも関節炎が酷くなるのは太っている犬、普段運動していない犬です。適度に運動をさせ、体重管理をしっかりするようにしてください。それだけで違ってきます。いま、日本はアメリカよりも肥満の犬の割合が多いと言われているんですよ。それについては、擬人化した飼い方をしている人が多いのも大きな原因になっているのではないかと感じています。暮らしている環境や地域にもよりますが、運動量そのものは絶対的に足りていないと思います。」

獣医師として日本の犬を見てきて感じることは?

「獣医師になってから16年目になるのですが、犬が長生きするようになったと思います。」

獣医師になって間もないころは、ゴールデンが10歳などといったらまず耳を疑ったそうです。

「その頃のゴールデンは10歳にもなると、必ずといっていいほど体のどこかに腫瘍があるといわれていました。ゴールデンといえばリンパ腫というくらい多かったんですよ。けれども今は14、15歳のゴールデンはたくさんいますし、腫瘍そのものも減ってきていると感じます。」

また犬種の流行も肌で感じてきているそうです。

「ダックス、チワワ、トイプードルときて、今はフレンチブルドッグも流行っているみたいです。白いフレブルです。そもそもフレンチブルドッグは脊椎の異常がほとんどの個体で見られるんです。本当にまれに正常な脊椎を持つ犬もいますが。それでも神経症状をあまり出さない不思議な犬種でもあります。また、人気がでたために乱繁殖されているからなのでしょうか、最近リンパ腫が増えているようです。ゴールデンやフラットコーテッドが流行って腫瘍が多かったのと同じような現象ではないかと危惧しています。フレブルに限らずどの犬種においても、乱繁殖が行われると腫瘍が出やすくなるのではないかとも感じています。」

ウェルシュ・コーギー・ペンブローグの変性性脊髄症(DM)もとても多くみられるそうです。

「DMは痛み自体はまったくないのですが、発症すれば必ず死に至る恐ろしい病気です。教科書的には発症してから3年くらいかけて進行すると書かれていますが、私の経験上では3年以上の犬もいます。ですので、飼い主さんにDMについてよく理解していただき、病気と長い付き合いになるという覚悟を決めていただき、その上で愛犬と楽しく暮らしていこうとしていただければと思います。」

DMは残念ながら現時点では治療法のない病気ですが、コーギーでは発症年齢が11歳くらいと高いのが特徴です。

「たとえ発症しても発症年齢が高いため、亡くなる理由はDMではなく、年齢的に腫瘍ができたり他の疾患がでてきたりすることも多いです。今は車いすもありますので、前肢の力がある限りはお散歩もできます。この病気については治療するためのリハビリはありませんし、ゆっくりですが進行していく病気ですので、実際にリハビリがどこまで有効なのかを判断する基準がありません。しかしリハビリを行うことは、少なからず飼い主さんの精神面での安心材料になっていると思います。」

長坂さんは電気鍼での治療を行っています。血流を上げる効果、疼痛を緩和する効果が高く、全般的な体質改善や筋肉を刺激するために使用しているそうです。

今後やりたいことは?

「アジリティなどのスポーツをする犬の体のケアをしたいと思っています。アメリカでは犬のスポーツメディスンが進んできていて、アジリティだけでなくハンティングや犬ぞりなど、さまざまなドッグスポーツをする犬たちの運動前後のケアをするようになっています。」

実際にアジリティをみにいき、運動前後のケアがされていないことがよく分かったそうです。

「アジリティの現場にいたら、犬はアジリティがやりたくて仕方がない状態になりますよね。ものすごい勢いで走って、ゴールしたら、はい、おしまいとなってしまいがちなようです。去年まで飛べていたハードルを飛べなくなったという犬がいまして、股関節など整形の検査をしたのですが何も異常がでませんでした。けれども実際に犬の体を触ってみたら、背中がカメの甲羅のようにガチガチになっていたんです。あの状態では伸びるべき筋肉が伸びるわけもなく、そのために後肢がハードルに引っかかってしまっていたのだということがわかりました。その都度マッサージをするなどのケアをすれば、アジリティなどのドッグスポーツを楽しめる期間はもっともっと長くなるんですよ。」

スポーツと怪我は切っても切り離せないものだといいます。

「人のスポーツ選手などを見ていますと、怪我はついてくるものだという大前提で運動していますよね。だから治療もしますし、リハビリもします。けれどその先には復帰があります。実際アジリティをしている飼い主の方も、これと同じように理解していると思うんです。犬もスポーツをするならば怪我はつきものだと。もし怪我をしたら治せばいいのです。それが私たちの役割であると思っています。」

犬種によって差はあるものの、基本的に犬は自然に走る動物。だからこそドッグスポーツについても否定的にではなく、きちんとケアをすることで対応していきたいと長坂さんはいいます。さらには、だれもが一度は耳にしたことがあるだろう”階段はダメ”についても話が及んでいきました。

さまざまな形や大きさのバランスボールやバランスディスク。症状や犬がどの程度できるかどうかで使い分けしているそうです。”自宅では座布団やいらない布団などを丸めて代用してみてください。バランスボールは家の中にあると意外に大きくて場所をとりますからね”と長坂さん。

もっと環境に適応させてほしい

「この病院で2階にあがってもらう時、ゆっくり階段をのぼってくださいねといいますと、9割方の飼い主さんから、犬って階段はダメなんじゃないですか?といわれます。確かにダックスやチワワなどに急で幅が狭くて段差の高い階段をのぼらせるのは体格的に無理があることもありますが、ゴールデンなどでしたら難なくのぼれるだけの脚の長さを持っています。もちろん階段の上り下りを禁止する時期などはありますし、フリーで階段を駆け下りるようなことがあればアクシデントに繋がってしまうこともあると思いますが、そもそも犬は運動機能が優れている動物ですよね。」

どうして犬は階段がダメなのか、理由を知っている人がいたら教えて欲しいものです、と笑って話す長坂さん。さらにこう続けます。

「私はなるべくそこにある生活環境に適応させるべきだと考えています。都心で縦長の家に住むならば必ず階段があります。階段がある家だから階段はいつも抱っこしてというのではなく、階段があるならば自分でのぼらせればいいんです。転げ落ちないように注意してもらえればそれでいいと思うんです。それだけの運動能力を犬は持っているはずですから。もちろん、かなりの高齢になれば階段がきつくなるのは人と同じです。そういう点からも、トイレは外でしかできないというしつけの状態もあまりよくないとも思います。犬が元気なうちは犬が環境に合わせ、犬が歳をとってきたら人間側が犬のために環境を整える必要があるのではないかと思います。」

そして最後にひとこと。

「犬が怪我するのを恐れてあらゆることに対して過保護すぎる傾向が強くなっているのではないかと感じています。走ってはダメ、階段もダメ、究極的には外に出るのもダメになってしまったらどうしようかと心配です、笑。散歩がいらない犬なんていません。とにかく犬と一緒に外にでてくださいね。」

 

(本記事はdog actuallyにて2015年10月14日に初出したものを一部修正して公開しています)

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