文と写真:尾形聡子
前回に続き、東洋装具医療器具製作所代表、義肢装具士の島田旭緒さんの動物の義肢装具づくりにかけるさまざまな想いをご紹介します。
獣医療の中に、装具という概念が広がっていくように
「始めたばかりのときは、獣医療の中に装具という概念がまったくありませんでしたから、当然最初のうちはなかなか仕事がきませんでしたね。勉強させていただいていた澤動物病院からの依頼がポツポツとくるぐらいで(笑)。とにかく最初はまったく相手をしてもらえませんでした。けれども幸いなことに、徐々に口コミで広まっていき、最近では年に1,2回学会でブースをだしたりして、今では取引している動物病院もかなり増えました。」
積極的に宣伝活動をしてきたわけではないのに、ゼロから始めて口コミでここまで広がってきていることに驚いています、と島田さん。それは、営利的な営業活動をするよりも、よりよい装具を研究開発することに時間をかけたいという想いが強いからなのだと、そしてそのような真摯な姿勢が口コミの後押しをしてきているからなのだとインタビューを通じて感じました。
「とはいえ、動物の義肢装具があるということじたいを知ってもらっても、会社を立ち上げてから6年ですし、そもそもお手本があるわけでもなく自分でコツコツとやってきていることなので、まだまだ獣医業界全体が受け入れてくれているような状況とはいえません。」
それでも少しずつ動物の義肢装具という概念が広がってきているのは、獣医師の先生方の意識が変化してきていることからも実感されているといいます。
「たとえば作っているものの中で一番売れているのは、腰につけるコルセットです。ひとことでコルセットといっても、人の場合ですと、ゴムバンドのようなものから鉄でできているものまであるのですが、どのようなものでも体幹部につける装具のことをコルセットと呼んでいます。一般的にコルセットというと、簡易的なゴムバンドに近いようなコルセットを想像されることが多いと思いますが、外科専門の先生もやはり簡易型コルセットを想像される方が多く、最初はかなり厳しいことをいわれたり、はなから信用してもらえなかったりしました。しかし、そういった先生方がだんだん興味を持ち始め、実際に使ってくださるようになってきていることは、とても嬉しいですね。」
同じ装具でも犬種によって全く違うものに
「”このような病気に使える装具はありますか?”といった問い合わせをいただくことも多いのですが、実際にやってみないと分からないこともたくさんありまして。それでも飼い主の方が装具を試してみたいとおっしゃるようでしたら、私も全力で取り組みます。その上で、これはできるけれど、これはできていないんだ、ということが少しずつ分かり、結果を見ては改良して新しい装具を開発しています。犬の状態もケースバイケースですから、研究しながら、作りながら、そしてまた研究して作りなおして・・・と、その繰り返しといいますか。誰かが教えてくれるような分野ではなかったので、とにかくたくさん症例をこなして、経験を積み重ねていくしか方法がなかったともいえますね(笑)。」
たとえば膝関節のための装具を作るにしても、犬種によって全く違ってくるといいます。
「コーギーの場合ですと、脚が太くて短くて、そのうえ力が強いのですごく難しいんです。一方で、トイ・プードルなどの場合ですと、それほど難しくないんですよね。また、バーニーズなどの大型犬になってくると、使用する材質そのものも変わってきますし、体重のかけ方が小さな犬とは違いますから、同じ膝関節の装具であっても形が全然違うものになるんです。」
今後、どのように仕事を進めていきたいか
現在島田さんは、麻布大学の解剖学研究室との共同研究を行っているそうです。
「動物にマーカーを貼って動態解析をする研究をしています。個人的に動態解析の機械を買ったのが最初で、買った当初は獣医師で犬を飼っている先生に協力してもらって独りで全部やっていました。それはそれは大変でした(笑)。いまは共同研究という形になり、学生の方が協力してくれるのでいい感じに進めることができています。研究では犬の基本的な動きを解析しているところなのですが、次は装具を付けたときの動きの変化を見る予定でいます。犬種ごとの基本的な歩様をデータ化して基準値のようなものが把握できるようになれば、装具を付けることによってどのように動きが変化したのかということが数字としてもはっきり現れてくることになりますから。」
動物の義肢装具が広く認められるようになるためには科学的なデータに基づいた解析が必要とされるため、着々とその研究を進めているところだといいます。
「ほかには、装具により骨を矯正することができるかという研究も、大学の動物病院と一緒に進めています。ダックスなどに見られるのですが、生まれながらにして脛骨(後肢の膝から足首の間にわたる長い骨)が曲がっている犬がいます。そのような犬の成長期の間に装具をつけて外力を加えることで、なるべく正常な状態に近づけることができないか、という目的で行っているところです。」
専門性を高めていくための研究方面だけではなく、一般的に広く装具を提供していくための開発も進めているそうです。
「今は依頼を受けて、個別に相談に応じて製作することが多いのですが、それですとどうしても自分のできる仕事の量が限られてきてしまいます。ですので、これまでのデータを整備して、もう少し簡単に使えるような既製品を開発しているところなんです。」
姿形がさまざまな犬を対象にした既製品をつくることは、やはりとても難しいと島田さんはいいます。けれども、難しい中でも開発を進めているのには、今よりも飼い主の方が動物の装具を手に取りやすい状況にしたいという想いがあるからなのです。
「たとえば人ですと、自分の膝がちょっと痛くて、さらにそこで医者に勧められたら、装具を買おうと思うじゃないですか。でも、犬の場合ですと、ちょっと痛そうにしているかな?程度ではなかなか犬の装具を買おうとは思いませんよね。とりあえず様子を見てみようというのが普通ではないかと。自分が痛みを感じる場合には、痛みを軽減したいから装具を買おうという気持ちになりやすいですが、犬の痛みは直接感じられませんから、なかなか判断をつけにくいと思います。なので、犬にとって本当は必要な状態なのに、装具の存在を知っていても値段を聞いて買うのをためらうというケースが潜在的にも多くあると思うんです。」
人の義肢装具に比べ、まだまだ始まったばかりといえる動物の義肢装具の世界。まずは獣医師に、そして一般の人々にも広く認められるようになっていくためにも、今はしっかりとしたデータをとり、科学的な検証を進めていくことが大事だと島田さんは繰り返していました。そのためにも今後、フォースプレート(動作をしているときにプレート上にかかる力のベクトルを解析する機械)を使って解析をすすめ、ゆくゆくは3Dスキャナーを利用して3Dデータをつくり、それを使って義肢装具作りをしていきたいと考えているそうです。
運動障がいを抱える愛犬と暮らす飼い主の方へのアドバイス
病気や怪我により、運動障がいを抱える犬たちのために義肢装具を作り続けている島田さん。これまでの経験を通じて、そのような愛犬と暮らすアドバイスやヒントがないか伺ってみました。
「障がいの程度が高くなってくると、やはり、高度な検査や義肢装具が必要になってくると思います。そういった場合、義肢装具はオーダーをして作らなくてはならない状況になりますから、どうしてもある程度お金をかける必要もでてきます。つまり、作りたくても気軽に作ることができないという面がでてきてしまうと思うんです。ですので、もし装具を作らない方法を選択したとして、けれどもやはりあったほうがよさそうだと感じるのであれば、自分で頑張って作ってみて欲しいと思います。」
義肢は身体の機能を補助するものであり、装具は治療用にも、身体の機能補助のためにも使われるものです。しかし、いずれを使用するにせよ、製作するためには医療との連携が必要とされ、それなりにコストがかかることは否めません。全ての飼い主が、愛犬のいざというときにそれができるかどうかは、やはり難しいところとなってしまうでしょう。
「犬の腰の固定は難しいと思うのですが、手足については小さいものですみます。手作りするとなると、基本的にハーネスや介助用具などの備品に関してになると思います。いずれにしても自分で作るのは難しいとは思いますが、一生懸命工夫して作ってみるという手はあります。義肢装具だけでなく車いすも扱っていますが、車いすなどはご自分で作られているかたも結構いらっしゃいますね。そういう努力を拝見するに、個人的にすごくいいなと感じます。」
車いすにつけるマットひとつ選ぶにしても、とにかくさまざまな種類があるといいます。
「いいものはどうしても高いのですが(笑)。けれど、お金をかければいいということではなく、一生懸命考えて、工夫して、手間をかけて自分で作る、ということはとても素晴らしいことだと思います。もちろん、犬の状態にもよるでしょう。作っている間にどんどん症状が悪化してしまうようならば、早めにしっかりした装具が必要かもしれません。でも、そうでない場合には、まずはご自身で作って試してみて、それでもできない場合にはプロに依頼する、という形でもいいのではないかと思うのです。自分では無理だと最初は思うでしょうが、考えて工夫してつくるのは愛犬のことを一生懸命考えていることと繋がっているんだなと、これまで見てきて思うんです。障がいを負った愛犬には、たくさん考えてあげて、たくさん手間をかけてあげて、たくさん尽くしてあげるといい結果がでるのではないかと思っています。」
”自身の暮らす犬たちはもちろん可愛いですが、そんなにベタベタした関係ではないですよ、飼い主の責任というものをしっかり認識しながら暮らしているだけです”と照れながら話していた島田さんですが、愛犬へ向けるまなざしには、胸に秘める静かな愛情がたたずんでいました。そして、ひとりでコツコツと仕事を積み上げてきた、職人気質な面も持つ島田さんの動物の義肢装具作りへの誠実な情熱は、日本の動物の義肢装具だけでなく世界のそれをもけん引していくかもしれない、そう強く感じました。
(本記事はdog actuallyにて2014年4月17日に初出したものを一部修正して公開しています)
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