動物の義肢装具士、島田旭緒さんインタビュー(1)

文と写真:尾形聡子

不慮の事故や病気により、身体の一部を失ったり機能障がいを負ったりすることは誰の身にも起こりうることです。そしてそれは人だけでなく、犬にも同じように降りかかってきます。

私が暮らす犬、はなが突然動けなくなったのは6歳の時、いまから4年ほど前のこと。診断は頸椎ヘルニアでした。幸い投薬と安静で普通に運動ができるまで回復することができたものの、あとから思えば痛みとまではいかないまでも、痛みや不快感が原因であっただろう徴候がありました。たとえば、口にくわえるには大きめの堅いおもちゃで遊ぶのを嫌がる、食べたくて仕方がないのに太くて堅いおやつをかじるのを躊躇するといったことです。そしてその2年後に再び大きな痛みに襲われ、安静を余儀なくされる状態になりました。ただし2回目ということもあってか、最初に発症したときに比べると、はな自ら安静にしようとしているのが手に取るようにわかりました。そのおかげもあり、2度目も手術することもなく再び普通に運動ができる状態まで回復し、今に至っています。

2回の大きな痛みから回復できたのは本当にラッキーだったと思っています。なぜなら、どんなに気をつけていても、いつ激痛に襲われるともわからない病気だからです。ある程度回復すれば、犬は再び運動をしたがります。再発を恐れるあまり運動を制限し過ぎると、今度は犬が運動不足によるストレスを抱えることになり、必要以上に筋力を低下させてしまうことにもなります。日常生活に影響しない程度の痛みや不快感がなくなったかどうかは、犬とは会話ができない以上、残念ながら分かりません。しかし、小さな痛みや不快感は日によって波があるだろうことは想像できます。これは人にもいえることですが、痛みの定義というものは本当に難しく、会話ができない犬の痛みの定義となるとことさらであると思わざるを得ないところです。

運動が大好きなはなには、できる限り運動をさせてあげたい。けれども、また発症してしまったらどうしようという葛藤を抱えて数年間生活してきましたが、とある方の紹介で、犬にも人の義肢装具のような医療用のコルセットを作っているところがあるのを知りました。突然の痛みで安静が必要なときはもちろん、動きが普段とちょっと違うと感じたときなどに首のコルセット(正式にはカラーと呼ぶそうです)を装着できるなら、それは、日常生活を送る上でのひとつの保険になるのではないかと思い、動物病院を通じて早速注文をしてみました。

上の写真は動物病院で首コルセットを装着してもらい、そのまま軽く散歩をしたときのものです。装着した直後はすこし固まっていましたが、エリザベスカラーのようなものと比べれば難なく慣れ、むしろ首が安定していてはな自身も案外快適なのかもしれない?とすら思う足取りでした。首コルセットの出番が必要になる時が訪れることは決して望んではいませんが、家にそれがあることは、私にとっても大きな安心感に繋がっています。

すっかり前置きが長くなってしまいましたが、このような出会いがあったことから、動物の義肢装具にはどういうものがあるのだろうか、動物の義肢装具を作ろうと思うきっかけは何だったのだろうか、動物の義肢装具の世界とはどのようなものなのだろうかといったことに興味を持つようになりました。そもそも動物の義肢装具じたいが、決して一般的に広く知られているものではありません。そこで、はなの首コルセットを作ってもらった東洋装具医療器具製作所代表、義肢装具士の島田旭緒さんに、動物の義肢装具についてのさまざまなお話を伺ってきました。

義肢を作るために型取りした石膏の数々。これだけでなく、仕事場には山のように積まれていました。

動物のための義肢装具に興味を抱いた学生時代

「最初のきっかけは12年前のことです。義肢装具士の資格をとるために専門学校に通っていたのですが、卒業論文を書かなくてはならなかったんです。」

その当時はまだ犬は飼っていなかったと島田さん。

「なので、実際には動物との触れ合いはほとんどない生活を送っていたのですが、祖母が犬を飼っていたことから犬好きだったこともあり、動物の装具や義足などがいったいどのようになっているのかに興味がありまして。装具士側からすると、獣医師や動物病院など動物業界での義肢装具の普及や扱われ方などがどのようになっているのか、その頃にはまったく様子がわからなかったので、それをテーマに研究したいと思ったことが最初のきっかけでした。」

義肢装具士の資格などについて規定する、義肢装具士法が施行されたのは昭和63年(1988年)のこと。人を対象とした義肢装具の法整備ができてからまだ26年ほどしか経っていません。もっと古くからあるものとイメージしていただけに、その新しさが意外でした。

「義肢装具の歴史でいえば、戦後にアメリカから来た技術なのでもっと古いものです。しかし法が整備されるまで、義肢装具士という仕事は職人が現場で技術を伝えていくという世界でした。そういう意味で、義肢装具というものについての科学的な研究も、それほど深くおこなわれていなかったという側面もあったようです。このような背景があるため、私が動物の義肢装具を研究テーマにしたいと先生に話したときには、”義肢装具を動物に?”というようなムードだったんです。そもそも人についての研究もまだ足りない状態でしたから、動物など研究の対象外だといわれていました。しかしたまたまなのですが、学科長が変わったことから、卒業論文のテーマとして動物を対象とした研究をしてもいいとゴーサインが出たんです。」

その当時、動物の義肢装具の研究は、義肢装具士の業界を見渡しても全く行われていない状況だったそうです。

「動物に関しては全くデータがありませんでしたから、動物の現状がどうなっているのか?ということ、動物の義肢装具を開発して製作したところで果たして売れるのか?という点について調査しました。たとえ作ったとしても、売れなければ研究も進まない面がありますから。」

日本での実情を調べるために、獣医師と一般の飼い主を対象としたアンケート調査を行ったそうです。

「その結果、効果があれば使うけれども、現状としては特に必要ではない、という回答がほとんどでした。また12年前のその当時、動物の義肢装具がないのは日本だけではなく、アメリカにも装具的なものはほとんどありませんでした。あるのは車椅子、簡易サポーター、簡単な添え木くらいでした。海外で調べたのはアメリカだけだったので、ヨーロッパの状況はわかりません。あれから10年以上たって、今ではアメリカにも、私の会社と同じように動物の義肢装具を作っている会社が7,8社ほどできているようです。」

このような状況を見て、この10年ほどで、動物ための義肢装具を製作しようという動きが世界的に進んでいるのではないかと島田さんはいいます。

何台もの業務用のミシンが並ぶ製作所。ひとつひとつ丁寧に手作りされています。

ふたつ目のきっかけは先輩の犬の骨折

卒業後、島田さんは人の義肢装具会社で働きはじめます。そして1年ほど経ったあるとき、ふたつ目のきっかけが訪れることになりました。

「会社の先輩が飼っていたチワワが、背骨を折る大怪我をしてしまったんです。治療のために神奈川にある澤動物病院へ連れて行ったそうなのですが、そのチワワは布団のすまきのようなものを身体につけて戻ってきました。澤先生が手作りしたそれは、小さな座布団のようなものに脚を通す穴があけられていて、背中部分でマジックテープでとめられるような仕組みになっていました。それを見て、”ああ、やっぱり動物にもコルセットが要るんだ”と思ったんです。」

チワワがつけていた手作り装具を目の当たりにした島田さんは、動物用のコルセットを自作し始めることになります。

「その当時、車椅子を使っている犬のサークルのようなものがあったので、そこにお願いして装具を使ってくださる方を募集してもらいました。半年ほどボランティアで装具を製作しながら研究を続けました。」

そのようにして動物の装具を熱心に研究する島田さんの姿を見て、チワワの先輩が澤先生を紹介してくれる運びとなります。

「昔からの獣医の先生は、教科書などなくても、たとえばダンボールを使ってコルセットを作るなどして、使えるものは何でも使って装具を作っていたそうです。とにかく工夫して自作していたとききます。澤先生もそんなタイプの方でしたので、半年間研究してチワワに合うようにと自分なりに作ったものを先生に見ていただいたんです。いま思えば全然ダメな出来だったのですが、それでも人の方ではプロとして仕事をしていましたので、いわゆる手作りのものとはまったく違うことに先生は驚かれていました。そんな流れから、澤先生のもとで勉強させてくださいと私の方から頼んだのです。」

その後、島田さんは人の義肢装具会社で働きながら、獣医療現場で3年間勉強することになります。睡眠時間がギリギリの毎日を過ごしながら、澤動物病院と並行してマーブル動物病院でも2年間勉強をされたそうです。そうして2007年の6月、東洋装具医療器具製作所を立ち上げることになりました。

(本記事はdog actuallyにて2014年4月1日に初出したものを一部修正して公開しています)

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