文と写真:藤田りか子
ああ神様、お許しくださいませ。レトリーバーの誠実なファンといいながら、つい目移り。世の中によくぞここまで神々しい犬がいたものだ。ファラオハウンドの美しさに魅了されてしまった。初めて見たのはドッグショーであった。機能的な見かけの犬にどうしても惹かれる。
FCI的にはプリミティブドッグの部類(グループ5)に属しているが、体躯的にはほぼサイトハウンド、機能的にもかなりサイトハウンドであるファラオハウンドというマルタを原産とする犬に非常に興味を持った。それで地中海に浮かぶそのマルタという島国に出向いた。
マルタの街並み。地中海交通の交差点。ヨーロッパとアラブの影響が。
ファラオハウンドはしかし、マルタでは皆無であった。日本で柴をあちこちで見かけるがごとく、原産国に行けばその辺の通り道で会えると思っていた。行けども行けども、ファラオのファの字もでてこない。多くの人々が連れているのは断尾しているスパニエルやらレトリーバーあるいはそれもどき。テリアやパグも多く見かけた。元イギリスの植民地だけに飼われている犬ですらイギリス的。
ちなみにこの国は犬のみならず全体的にイギリスの影響が大。にもかかわらず通貨はユーロ。喋る言葉はマルタ語。これはほとんどアラビア語の派生言語。地中海交通の交差点に立っているため、非常にマルチ・インターナショナルな国なのだ。
ドッグショーが開かれていた。種子島程度、いやそれよりマルタは小さいのだが、そんな小さな国が立派にもケネルクラブを持つ。驚くなかれマルタ・ケネルクラブは FCI にも属しているのだ。ドッグショーに行けば、さすがにたくさんのファラオハウンドを見れるに違いない、と勇んで覗いてみたものだが…!
ここでも出陳数ゼロであった。いったいファラオハウンドとはマルタから絶滅してしまったのだろうか?
「実はいるんですけれど…、あんまりショードッグっていう感じで見なされている犬じゃないのよ。私たちにとってはどちらかというとやや野良犬っぽい印象もあるし、あれはハンターが持つ犬ですからね」
そう説明してくれたのは、ドッグショーの組織委員の一人である M.R さんであった。ファラオハウンドは、ふだんハンターの庭の犬小屋に閉じ込められており、外に出てくることは狩猟期以外はめったにないらしい。ウサギを狩るのだが、それもウサギが活発に活動する夜に行われるので、なおさら人々の目に触れることはないそうだ。
ところで、と M.R さんは続けた。
「マルタのファラオハウンドは、今西欧諸国にいるファラオたちと体型がやや異なります。彼らはショー用のブリーディングのおかげで、やや形は変えられとても洗練された見かけをもっています。いかにもサイトハウンド風。でもマルタのハンター達は、あの体型には絶対に同意しないですよ。ファラオハウンドは、グレーハウンドのように平らなフィールドを走る犬じゃないんですから。このマルタの岩ゴツゴツの地形をピョンピョンと走り回る犬です」
ある犬種の原産国に赴くたびに、そこにはオリジナルのワーキングドッグが存在して、同時に西欧には姿がやや変えられたショードッグが存在する。よくある話。
その後M.R さんのツテのツテを通して、なんとか現地のファラオに会うことができた。本当は「偶然にフィールドで見つけました!」という風な感動的な出会いを期待していただけにちょっと味気なかった。おじさんハンターに連れられ、おまけに電気ショック・カラーをつけられていた。
「一旦放したら戻ってこないんだ」
とおじさん。ウサギのにおいを見つけたら一緒にぴょんぴょん飛んで行ってしまうのだろうな。その様子は容易に想像することができた。
現地では子犬もどうですか、など勧められたが「衝動で犬を飼うのは危険、危険」となんとか地に足をつけたままスウェーデンまで帰路につくことができた。そして今現在、誠実にもレトリーバー一筋で暮らしている。
ファラオは憧れだけのとっておきの犬にしておくのがいいのだろう。飼える状況か否かを考えるとやはり現実的ではない。レトリーバーをトレーニングするので精一杯だ。でも、憧れるだけなら犬にも誰にも迷惑をかけないし、なんといってもタダである。
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(本記事はdog actuallyにて2010年4月14日に初出したものを一部修正して公開しています)
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