文:尾形聡子
[photo by max kl]
犬が人とコミュニケーションをはかれるのは、ひとえに人が発する社会的な手がかりを使用する能力があるためです。その中のひとつが言葉になります。
犬が人の言葉を学べることはよく知られていますが、「桁外れな記憶力〜天才犬は生まれつき?経験?それとも若さ?」で紹介した研究で示されたように、それぞれの犬が持つ単語学習能力には差があります。興味深いのは、トレーニングによって新しい単語をどんどん覚えていくことができる犬と、一向に覚える数が増えていかない犬とが二分されていた点です。ごく一部の犬だけ、たくさんの単語を覚えられるという天才的な才能を持ち、それ以外の大部分の犬は犬として普通の単語記憶能力を持っているということになります。
つまり、世界中の犬のほとんどが普通の記憶力を持つタイプになるわけですが、はたしてそれらの一般的な犬たちはどのくらいの数の単語やフレーズを理解しているものなのでしょうか。
カナダのダルハウジー大学の研究者らは、乳幼児の言語やコミュニケーション能力の発達を包括的に評価する「マッカーサー・コミュニケーション発達質問紙(MacArthur-Bates Communicative Development Inventory)」をモデルに、乳幼児に対してはその親のところを、犬については飼い主を対象にすることとし、犬が適切に反応を示す言葉がいくつあるのかを測定するツールの開発を目的として研究を行いました。
[photo by Airwolfhound]
犬たちが知る言葉の平均個数は・・・?
研究ではさまざまな犬種165頭の飼い主が対象とされました。飼い主本人と家庭や生活環境についての情報、犬についての情報、トレーニング歴など、そして飼い主は研究者が用意した172の単語とフレーズについて犬が正しく反応するかどうかを1〜5段階評価もしくは無回答選択(自分の生活の中でその単語が出現することがないなどのとき)を行い、回答を提出しました。また飼い主は、リストにある172の単語やフレーズに含まれていない、けれども犬が知っている言葉について自由に追加することができました。
飼い主からの回答を解析した結果、172の単語とフレーズに関して平均77.56単語を犬が識別していることが示されました。認識している言葉はコマンド(動詞)、名詞、そのほか一般的な言葉(多くの人が一般的に使う名詞など)の3つに区分され、認識している言葉のうちのおよそ半数がコマンド、続いて犬や人の名前、食べ物などとなっていました。
90%以上の犬が識別していた言葉は10個で、「犬の名前」「すわれ(sit)」「来い(come)」「いい子(good girl/boy)」「伏せ(down)」「待て(wait)」「ダメ(no)」「よし(ok)」「離して(leave it)」でした。一方、10%以下の識別率だったのは、「足を拭いて(wipe your feet)」「ささやき声で(whisper)」「大きな声で(loud)」「(鹿の)角(antler)」「デイケアの名前」「ドッグウォーカーの名前」「トリマーの名前」「犬舎の名前」「近所の人(seven placeholders for neighbors)」「家族のメンバー」「他のペット」となっていました。
また、飼い主が172語以外で追加した単語とフレーズは全部で1,858個、平均で11.26個となっていました(0〜76語の範囲)。よって、犬が平均して認識している言葉は平均89個(15〜215語の範囲)ということになりました。
飼い主や犬の人口統計学的情報と生活状況などと、単語の認識数との関連を調べたところ、専門作業のトレーニング経験のある犬であるか否か、新しいコマンドやトリックを習得するスピードとの2つに関連性があることが示されました。そして、作業犬としてトレーニング経験のある犬(全体の18%)は、ない犬と比べると、認識している言葉の数が1.5倍という結果になりました。
[image from Applied Animal Behaviour Science fig1] グリーンが一般の家庭犬、斜線入りが専門のトレーニングを受けた経験がある犬。縦軸は犬の頭数、横軸は認識している単語数。
認識言葉の数の差は、犬種によっても異なっていることがわかりました。ただし、研究対象となった165頭中純血種は94頭、50犬種が含まれていましたが、犬種ごとにデータ解析をするにはそれぞれの頭数が少なかったため(最も多いのがボーダー・コリーの15頭でそれ以外は10頭以下、大半が1頭だけ)、FCI(世界畜犬連盟)のグループをもとにして比較を行なっています。それによれば、牧羊犬と愛玩犬グループは、その他のグループや雑種犬と比べて認識言葉の数が有意に多いことが示されました。しかし、いずれにせよ、頭数の少なさや飼い主の主観によるばらつきが考えられるため、犬種やグループによる違いについての結論を出すには時期尚早であると研究者らは述べています。
結論として、これまでに行われた同様の内容の研究結果と違わず、犬の多くは言葉の中でもコマンドへの認識力が高いことを示した結果になったと研究者らは言っています。
犬の人が発する言葉やジェスチャーなどに対する反応性は、他の生物種とは比較にならないほど高いレベルであることはすでにわかっています。このような犬の能力は作業犬のみならず家庭犬としても重要であるとし、この研究は犬がどのような言葉を認識する可能性が高いかを知るための重要な一歩であると研究者らは考えているそうです。また、数多くの言葉に対して適切な反応を示せる犬は、より特定の分野で優れた能力を発揮できるかもしれず、さらに研究を進めることで、さまざまな犬の仕事に対する能力や適性を早期に予測するために役立てられるだろうと結んでいました。
[photo by Michael Kummc]
愛犬の語彙数を数えてみては?
今回の結果では、犬の年齢が高くなるほど認識言語数も増えることが示されず、過去の研究とは逆の結果であるため、まだまだ研究の余地があるところだと感じました。がしかし、専門的なトレーニングを受けた経験があるかどうかと語彙数とに関連性がみられたことは、犬が「特定の作業をする」「どのような指示がでるか」と、人(飼い主)に対して集中する機会が増えることが背景にあるのではないかと考えます。
また、トレーニング経験の豊富な飼い主の方が172単語以外のものをより多く追加申請し、犬においてはより多くの動詞に反応する傾向があることが示されていました。統計的に有意ではないとしても、やはり、一般的なトレーニングやドッグスポーツをしている犬は、一般的な日常生活を送る犬よりも、多様な環境や状況を飼い主とともに経験する機会が増えるためだと思います。
ですが、今回の参加者でまったくトレーニング経験のないのは17%だけだったため、もしかしたら、トレーニング未経験の犬だけを対象とするのであれば平均の89個よりも少なくなる可能性があるとも考えられるでしょう。
かつて世界中をにぎわせた、人ですら覚えきれないほどの数の単語を覚えたという超天才犬も存在していますが、そのような天才犬でなくても平均89個(15〜215語の範囲)の言葉を犬が認識していることが示された今回の結果について、みなさんどう思われましたか?
日常生活において、何気なく使っている言葉が積もり積もって「89個にもなっていたのか!」と思うか、「え?89個しかないの?もっとありそうだけど」と思うか…。ぜひ一度、愛犬とコミュニケーションをとりながら、いくつの言葉を判別できているかチェックしてみてはいかがでしょう?
【参考文献】
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