文:尾形聡子
[Photo by Mathew Coulton on Unsplash]
ただならぬ才能を持つ人というのは、いつの時代にもいるものです。人並外れたパフォーマンスをあらわす人々は、音楽、数学、言語学などさまざまな特定の分野で想像を絶する才能を発揮しています。いわゆる「天才」と呼ばれるような人たちのことですが、そもそも天才とは、一般の人々が努力するくらいでは決して至ることのできないレベルの才能を生まれながらにして持つことを言います。
そのような能力、中でも認知能力に関する個体差は、遺伝的要因がもっとも大きな原因となっているとする研究者もいれば、環境や教育が圧倒的に影響するとする研究者もいます。個体差が生ずるメカニズムについて統一的な見解が示されていないばかりか、圧倒的に人並外れた能力を発揮する人が誕生するメカニズムについても、その生物学的基盤を研究するのは倫理的にも研究手法的にも困難な状況です。とはいえ、アインシュタインやモーツアルトが凡人であると考える人などいないはず。彼らが存在していたということ、すなわち天才が世の中にいるということ自体は自明の理であると言えるでしょう。
これまで、人について行われた認知特性の個体差に関する研究のひとつに「絶対音感」があります。絶対音感は個体差のわかりやすい能力であり、かつ、研究対象とする人の数もたくさん見込め、倫理的にも問題になりにくく、研究しやすい領域だからです。音楽の才能は一個人の中においては量的な変化を示す(練習すればだんだん上手になっていく、など)もので、演奏や歌などは量的な形質と言えるのですが、「絶対音感」については「ある」もしくは「ない」のいずれか一方に区分されます。つまり、絶対音感は演奏の才能などとは異なり、質的な形質の認知能力だと言えます。最近の研究では、絶対音感が脳の特定領域の大きさに依存していることが示され、認知能力の質的な違いが脳レベルでの量的な違いとしてあらわれている可能性があると考えられています。
さて、それでは犬についてはどうでしょう?人と同様に、天才と考えられる犬はある程度の割合で