文:尾形聡子
ゴードンセターの若犬。[photo by Rikako Fujita]
「これまでは何でも素直に聞いていたのに、どうして突然無視するようになっちゃったの?」
飼い主に反抗的な行動をとるのは犬の思春期に見られる兆候のひとつ。犬には人と同じように思春期があります。体と心が成熟していく過程において一過的に子犬時代と行動が変わる時期があることが認識されるようになってきたものの、まだまだ子犬の社会化期ほど知られていないのが現状でしょう。しかし、犬の思春期の周知は犬の福祉にかかわる大事なことです。
なぜなら、たとえば飼い主が犬に思春期があることを知らなければ、それまでの行動とのギャップにショックを受け、お手上げ状態になって放置したり、力づくでもどうにかしようと罰ベースのトレーニング方法を使い始めたりしてしまうことがあります。それでは犬のストレスを高めてしまうことになりかねず、むしろ関係性が悪化してしまう可能性があります。さらに、手を焼いた飼い主は、もうこれ以上面倒を見きれないと飼育放棄に至ることも決して少なくないからです。
そして、思春期における重要な点のひとつに犬と飼い主の関係性が考えられています。親と子どもの関係性についての研究からそれは「愛着関係」と言いあらわされていますが、犬にもそれと同様の愛着関係が飼い主との間に見られることが数々の研究によって示されています。オキシトシンを介した絆の構築は、それらの類似性が生理学的にも存在している証としてとてもいい例です。
また人の場合には、子どもが思春期に入れば親子関係は変化していき、その結びつきは脆弱になりがちです。その時を経て子どもから青年へ、そして成人へと人は心身ともに成熟していくのですが、思春期に出てくる特徴的な行動の頻度や強さは人によってまちまちです。とはいえこれまでの研究から、1)親との安全な愛着関係が築かれていないほど思春期が早くくる、2)親に向けての対立行動が増加する、3)親の愛着がより安全でない場合、対立行動は増加する、ということが示されています。
このような思春期特有の親子の関係性が、犬と飼い主との間にも発生するかどうかはほとんど研究されていません。しかし人と犬は親子のような関係性を築くこと、犬も思春期にホルモンと脳の変化が起きることから、犬と飼い主との関係性が一時的に弱まる可能性があると考えられています。
イギリスのニューカッスル大学とノッティンガム大学の研究者らはその点に着目。犬の思春期の行動は一時的なものに過ぎないかもしれないことを示し、それについての理解が広まれば、犬の思春期に起こる飼育放棄などの問題を回避することができると考えます。そこで彼らは犬の思春期の行動、そして飼い主との関係性を調査し、結果を『Biology Letters』に発表しました。この研究に関する紹介記事を見かけた方もいらっしゃるかもしれませんが、ここではより詳細に内容を紹介していきたいと思います。
[photo by Phil Dolby]
犬の思春期は人の思春期の特徴と似ているか?
研究者らは、人の研究で示されている先に挙げた3つの特徴、1)親との安全な愛着関係が築かれていないほど思春期が早くくる、2)親に向けての対立行動が増加する、3)親の愛着がより安全でない場合、対立行動は増加する、との類似性を調べるために、犬において、1)飼い主への安全な愛着関係が薄いメス犬ほど早く思春期がくるのか?、2)思春期には飼い主に向けての対立行動が増えるのか?、3)飼い主への安全な愛着が薄い場合、対立行動が増加するのか?、という3つの点について調べました。