文:尾形聡子
[photo by localpups]
私たちは犬と「単語」を介してさまざまなコミュニケーションをとることができます。代表的なものとして「オスワリ」や「オイデ」などが挙げられます。単語の持つ意味が動詞でなくても、「おやつ」とか「ごはん」などがいい例で、そのほかにも「ボール」や「ロープ」といった名詞とも結びつけることができます。さらには、「ボール」「持って」というように、別々の単語を認識してボールを持ってくることもできます。
10年ほど前になりますが、天才犬として世界中に名をはせた「Chaser」という名のメスのボーダー・コリーのことを覚えている方も少なくないのでは?彼女はなんと1,022個ものおもちゃの名前を記憶したというのですから、その能力たるやすごいものです(Chaserにはまだ覚える余力があったにもかかわらず、研究者の方が先に音を上げてしまったそう)。
膨大な数のおもちゃの名前を覚えるのは犬のみならず飼い主である私たちにとっても困難な作業ですが、一般の家庭犬でも人の発する単語をいくつも覚えているものです。しかも、性別や年齢、方言などによって同じ言葉を使っていても人によって微妙に違うことがあるはずなのに、誰が発音してもそれを理解できている犬の様子を不思議に思ったことはありませんか?
そんな素朴な疑問に答えるべく、イギリスのサセックス大学が主導する研究チームは犬の単語認識能力を調べる実験を行い、結果を『Biology Letters』に発表しています。
やはり犬は高度な単語認識能力を持っていた!
まず研究者らは、年齢、アクセントの異なる13人の男性と14人の女性の声をサンプリングしました。全員が実験に参加した犬70頭とは面識のない人たちでした。普段コマンドとしては使われることがないだろう言葉であり、かつ「h」ではじまり「d」で終わるような、母音もさまざまな9つの単語(had、head、heard、heed、hid、hod、hoodなど)が録音され、実験に使用されました。
最初に犬は6つの単語が次々に流れてくるのを聞かされます。その際に犬が各単語にどのように反応するかが観察されました。つぎに、たとえば「had」という言葉を続けて流します。すると犬は最初この言葉に耳を傾けたり、音の流れてくる方向に顔を向けたり、歩き寄ったりします。ただし、続いて別の人が「had」を繰り返す言葉を流すと、犬はすでに「had」という言葉に興味を失っており反応をしなくなります。つまり、話し手が変わったにもかかわらず反応しなくなるのは犬が「had」という言葉を認識しているためだと考えられるのですが、その人が別の新しい単語を発すると、犬は再びその言葉に注意を向けるようになるのです。このような反応状況を各犬について録画し、研究者らは解析を行いました。
[photo by Taro the Shiba Inu]
その結果、犬たちはどの人が発した言葉であれ関係なく同じ単語は同じものと認識していること、さらには、それを認識できるような特別なトレーニングは必要ないことが示されたとしています。母音の微妙な違いによって単語を区別するこの生来的な能力は、これまで哺乳類においては人だけでしか証明されていないものでした。ただし、犬は単語が理解できても、その単語が使われている人の会話をフレーズとして理解していないと考えられています。
「会話ができる」生物としては、アメリカの研究者が行った大型インコのヨウムのアレックスとの研究が有名でしょう(アレックスはすでに他界しました)。鳥類は哺乳類とはまた違う能力を秘めていると感じるものです。
遊びを通じて理解できる言葉の数を増やしてみませんか?
ところで皆さんの愛犬はいくつ単語を記憶していますか?自宅で過ごす時間が増えているこの頃ですから、暇な時間に知っている単語を列挙してみてはいかがでしょう。そして知っている単語を増やすべく、いろいろと言葉を教えてみるのも面白いかもしれませんし、コミュニケーションツールとして大いに役立つご褒美言葉を増やしてもいいかもしれないですね。
最近の研究では、Chaserのようなウルトラ天才犬でなくとも、飼い主との遊びを通じて、犬は新しく使ったおもちゃを「ボール」「リング」「ロープ」「フリスビー」といったカテゴリーにわけ、かつ、ひとつずつ名前を記憶できることも示されています。
「食べる?」というところを「食べぬ!」といって犬の反応を見たりするような、ちょっとイタズラ的な要素も感じられる実験でしたが、結果はとても興味深いもの。人の微妙な言葉の違いをしっかり認識できるという犬の能力を刺激すべく、遊びながら脳トレできたらよりいっそう楽しい時間が過ごせるかもしれませんよね。
【参考文献】
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