高いトーンで感情豊かなゆっくりとした語り口調は、犬とのコミュニケーションに役立っている

文:尾形聡子

[photo from Erin Murphy]

犬に話しかけるとき、または人間同士で会話をするとき。みなさんは両者を区別していますか?常に人と会話するのと同じテンポやトーンで犬にも話しかけているという人は、まずいないのではないかと思います。無意識のうちに、犬に話しかけるときにはテンポをゆっくりしてみたり、優しい声色をつくってみたりなど、少なからず人の乳幼児に対して話しかけるのと似た口調になっているものです。これまでの研究からも、対子ども、対犬への語り口調には類似性があることが分かっています。

しかしなぜ人は犬に、乳幼児に対するような話しかけ方をしがちなのでしょう?単に人が犬のことを人の赤ちゃんと同じように扱いたいからなのか、それとも別の何か利益があると感じているからなのでしょうか。乳幼児に対しては、“赤ちゃん言葉”を使った話し方をすると、子どもの注意をひきやすくなる、子どもが言葉を習得しやすくなる、そして大人との絆がつくられやすくなるといわれています。

2017年に発表された犬に対して行われた国際研究では(詳しくは『子犬は赤ちゃん言葉を好んで聞いている』を参照ください)、人が犬に話しかけるとき、男性より女性の方がよりゆっくり、高いトーンになる傾向があり、成犬より子犬に対してのほうがよりその傾向が顕著になっていました。また犬の方では、子犬は強く“ワンちゃん言葉(犬に対する赤ちゃん言葉的な話し方)”に反応を示していたものの、成犬には影響がみられなかったという結果に。これらのことから、ワンちゃん言葉を使うと子犬の単語学習に効果がある可能性が示唆されたものの、成犬とのコミュニケーションにおいてはそれほど利点はないかもしれないと結論されていました。

本当に成犬にはワンちゃん言葉が有効ではないのか?

ワンちゃん言葉の使用が犬と人の間にどんな利益をもたらすかをさらに検証しようと、イギリスはヨーク大学の二人の心理学者らは新しい実験方法で、成犬に対してテストを行い、その結果を『Animal Cognition』に発表しました。

2017年の研究では、事前に録音された話し声だけを犬に聞かせる方法がとられていましたが、今回の研究では、テスト部屋に二人の大人が椅子に座るかたちで犬と同席しました。会話そのものは二人の女性の話し声を事前に録音したものが使われたものの、人が同じ部屋の中にいて、それぞれから言葉が発せられているようにデザインすることで、犬にとってより自然な会話に感じられるようにしたそうです。

最初の実験では37頭の犬が参加(平均年齢6歳)、片方の人からは“あなたはいい子ね!”、“散歩にいきませんか?”といった、犬との会話によく登場するフレーズをワンちゃん言葉で話したものを流し、もう一方の人には大人同士の会話口調で“昨日の夜、映画に行ってきたわ”といった日常会話が使われました。

続いての実験には32頭の犬が参加(平均年齢6歳)、口調はワンちゃん言葉で内容は日常会話、もう一方は口調は大人同士で内容は犬関連のフレーズ、というように、言葉遣いと内容を互い違いにしたものが流されました。犬が感情豊かな高いトーンに反応しているのか、それとも犬関連の言葉そのものに反応しているのかを調べるためです。

録音が流されている間、犬はどちらの人により注意を払っているかといった様子が録画されました。会話を聞いた後、犬は解放され、触れ合いたい方の人を選ぶという流れで一連の実験が行われました。

その結果、最初の実験では、 “ワンちゃん言葉”を使って“犬関連のこと”を話していた人を選んでコミュニケーションをとりたがる傾向がはっきりと示されました。二つ目の互い違いの実験では、犬の人選択には有意差がみられませんでした。

このことから研究者らは、成犬の注意をひきつけるには犬関連の言葉をワンちゃん言葉の口調で話す必要があり、そちらの人に興味を持つ犬が多数だったことから、犬と人との関係構築に少なからず役立てられていることを示唆するものだとしています。

成犬にもワンちゃん言葉口調が有益ならば

ご褒美言葉、いくつ持っている?』で藤田さんが書かれていましたように、犬を褒めるときのツールのひとつとして言葉を大切にすることはとても重要だと思います。今回の研究結果を受けて感じたのは、ご褒美言葉を増やすのと並行して、犬の好む高くて感情のこもった口調やトーン、感情の込め方にも強弱をつけられれば、言葉との組み合わせによって言葉のレパートリーによりいっそう幅ができそうだということです。

赤ちゃん言葉的なものはどうも苦手・・・と、特に男性の方はそう思われる傾向にあるかもしれませんが、何もベタベタの赤ちゃん言葉を常に使い続ける必要はなく、使う状況によってメリハリをつけられるといいのではないかと思います。

単語や短文ならば犬は記憶して理解することができますから、言葉の持ち駒を増やすことで日々の犬との会話がよりフレキシブルに、よりコミュニケーションがとりやすく、楽しいと感じられるものになっていくのではないかと思うのです。

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【参考サイト】

University of York